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僕は途切れた絆の切れ端を手にする
「どうした中学生、しょげた顔して。おおかた映画のために撮った動画を間違えて消しちまったとか、そんなとこだろう?」
パン屋の隣にある洒落た喫茶店のマスターは入ってきた僕を見るなり、全てお見通しと言わんばかりに髭をさすった。
「そんなとこでいいです。……マスター、四カ月前に僕がここで綺麗な女の子のイメージ動画を撮ったこと、覚えてます?」
「ん?大人の真似して店でロケをする中学生のことなんて、知らないな。……いや、そう言えばこの街には不似合いな美少女のことなら覚えてるかな。あの子がどうかしたのかい」
「いなくなったんです」
「いなくなった?」
僕がうつむいたまま今の状況だけを口にすると、年配のマスターは「そいつは切ないな。引っ越しか何かか?」と尋ねた。
「そんなようなものです。ただし、どこにいったかはわかりません」
「ふむ、行き先も告げずにいなくなったと、こういうんだな。……まあきっと何か事情があるんだろうさ。諦めた方がいい」
「事情ですか……」
僕は噛みあわないやりとりの中で、マスターの「諦めた方がいい」という言葉にだけは少なからず打ちのめされていた。
僕はふらふらと窓際の席に着くと、表通りをぼんやりと眺めた。
――あの通りの向こうから、幽霊になった杏沙が来るような気がしたけど……
甘かったな、と僕は思った。意識だけになった杏沙がこの街にいるとは限らないし、過去の出来事を忠実になぞるとも限らない。
空振りを確信した僕がため息と共に頬杖をついた、その時だった。
ポケットの中で何かが震え、携帯かなと手を伸ばした僕はあることに気づきはっとした。
――携帯はバッグの中だ。……ということは?
ポケットに手を滑り込ませた僕は、異様な細かさで振動している物体――『渦想チップ』を引っ張り出した。
「――うわっ、熱っ!」
近くで見ようとした途端、なぜがチップが持っていれないほど熱くなり指先から落ちた。
「……おっと、どこにいった?」
僕は席を立つと身をかがめ、床に転がったチップを探し始めた。幸いなことに探し始めてほどなく、僕はチップらしき物体をカウンター近くの床に見つけることができた。
「ああ、よかった。今となってはこいつが七森からのメッセージを受信する唯一のアイテムだもんな」
僕がマスターに聞かれるのも構わず呟いた、その直後だった。突然、カウンターの上の古めかしい電話が鳴り、予感のような物を感じた僕は店員でもないのに受話器に手を伸ばした。
「もしもし」
「……真咲君?」
――七森!
「いまから……来れる?」
「どこに?どこに行けばいいんだ七森!」
「…………」
杏沙と思しき声はたった一言、意味不明のメッセージを告げるとそれきり沈黙した。
「なんだよおい……こんなのひどいぜ七森。これだけじゃどこに行ったらいいかまるでわからないじゃないか」
僕はカウンターの前で、受話器を手にしたまま呆然と立ち尽くした。
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