僕は君が去った街を君のいる街に戻す

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僕は君が去った街を君のいる街に戻す

「ねえ新ちゃん、昼間紹介した明人君、来週来るかもしれないんだけど」  リビングで携帯をいじっていた舞彩が突然、物思いにふけっていた僕にそう切りだした。 「明人君?ああ、お前のボーイフレンドか。僕はしばらく忙しいから、好きにしたらいいよ」 「あれっ?なんか暗いよ新ちゃん。ひょっとして杏沙さんに何か言われた?」  悪気のない妹のひと言に、僕の浮かない気分はより深い闇の底へと沈んでいった。 「そうじゃないよ。……ただ色々あってさ」 「ふうん……明人君が新ちゃんの話を聞きたがってたからさ、長話はしないでって釘を刺しといたんだけど、どっちみちその感じじゃ無理そうだね」 「いや、僕も話はしてみたいよ、だけど……」  僕はこれ以上説明するのは面倒なことになると思い、口をつぐんだ。  こんなことさえなければ、明人君を大いに歓迎するのだけれど。  僕は初めて幽霊になった時、二人で訪ねた場所をぼんやり思い返した。  商店街、学校、五瀬さんのお屋敷、『フィニィ』……  ――とにかく、一通り歩きまわってみるか。  僕はカフェでの不思議な出来事と、ポケットの「渦想チップ」のことを思い浮かべた。こいつに何らかの変化があれば、その場所に杏沙の手がかりがあるはずだ。僕はそう確信していた。  問題は杏沙が電話で僕に言った「今から来れる?」という言葉の意味だ。いったいどこに来いというのだろう。それさえ教えてくれれば今すぐにでも飛んで行くのに。  たったあれだけのメッセージしか送ってこられないということは、単に幽霊になっただけじゃなくもっと厄介な状況なのかもしれない。 「おっ舞彩、今日は嫌に顔が緩んでるな。いつも通り暗い新との差が昼と夜みたいだ」 リビングに入ってきた兄の(おさむ)が、舞彩を見るなり冷やかし始めた。  兄貴は同級生の彼女と長距離恋愛をしている。留学中の彼女とは年に一、二回会えればいい方なのだそうだ。  しかし。  外国にいようが年に一度だろうが彼女は確かにそこにいて、会いに行きさえすれば会えるのだ。これほど恵まれた状況があるだろうか?  僕の相棒は、生きているのかそうでないのか、それすらもわからない。  それでも――と、僕は思った。  たとえ連れ戻すために僕の持っているすべてを捨てることになったとしても、他の奴じゃあだめなんだ。  ――七森、絶対一週間以内に君の居場所を突き止めてやるぞ。  そして――  たとえ彼女が嫌だとだだをこねても、ぼくが無理やり元の身体があるこの場所に連れ戻してやるんだ。  この街をほんの少し前までの――君のいたあの街に戻すために。
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