8人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は嘘かもしれない本当の話をする
マリがの僕を引っ張って行ったのは、僕がアキラに襟首をつかまれた場所からほんの目と鼻の先にある雑居ビルだった。
「あたしは横田万理。この人は地元の先輩で濱崎彰。あたしは定時高校の二年生で、授業に出てない時はこの店で働いてるの」
マリはそう言っててきぱきとバナナジュースを作り僕に「どうぞ:」と勧めた。
話をするために僕が連れてこられたお店は、カウンターとテーブルが少しあるだけの小さなお店だった。
「マリと俺は幼なじみなんだ。年は七歳ほど離れてるがな」
そう言うアキラはあらためて見るとさほど怖くはなく、仕事のできる店長さんといった感じだった。
僕は杏沙が消えたいきさつを、難しい部分をはしょって簡潔に説明した。マリは途中で質問を挟んだりせず、ふんふんと相槌を打ちながら真剣に耳を傾けていた。
「その話さあ、正直よくわかんないんだけど、片思いの彼女って意識が無いだけで別に行方不明じゃあないのよね?」
「ええ、まあ……」
「目を覚まして欲しくてどっかに行った意識を探す、なんてあんた本気でそんなことをやろうとしてるの?」
「はい、そのつもりです」
僕の返答を聞いたマリとアキラは顔を見あわせ「こいつは重症だ」という表情をこしらえた。
無理もない。僕だって飛んで行った意識を探すなんて話を真顔で聞かされたら、この人は疲れていると思うだろう。
「……あのさ、そんなの霊能力者にしかわからないんじゃない?」
マリは戸惑いつつも、マリなりに考えたアドバイスをくれているらしかった。
僕は「そうなりますよね、普通は」と前置きした後、ポケットから『渦想チップ』を取り出した。
「このコインみたいな奴が、彼女の居場所へ僕を導いてくれるらしいです」
「お話としてはロマンチックだけどさ、あんた誰かに騙されてるんじゃない?」
次第に怪しさを増す僕の話にさすがのマリも眉をひそめ、後ろのアキラも「だめだこりゃ」というように肩をすくめた。
「……ね、シンゴ君。あたしもちょっとだけ変な話していい?」
唐突にマリが切りだし、僕は「はい、もちろん。……なんです?」と返した。
「今、あんたが見せてくれたコインだけど……あたし、どこかで見たような気がするんだ」
「……これを?」
僕が信じられないという調子で聞き返すと、マリは「どこで見たのかは忘れたけど」と大真面目な顔で頷いた。
「それとね、あたし何となくあんたの顔に見覚えがあるような気がするんだ。気のせいだって言われたらそれまでなんだけど」
僕はマリの不思議な話を聞き終えると、即座に「信じます」と言った。
「マリさんがなぜだかわからないって言うのと同じように、僕もなぜかその話は本当だって気がするんです」
「ありがとう。……そうだシンゴ君、彼女の手がかりが見つかったら、あたしにも教えて。できることがあったら手伝うから」
「……はい、ありがとうございます」
僕とマリが奇妙な流れのまま連絡先を交換すると、アキラが「込み入った話はまた今度にしようぜ。俺もこれから仕込みがあるしさ」と言った。
「幸運を祈ってるよシンゴ君。彼女の意識が戻るといいね。意識が戻らないと告白もできないでしょ」
「そうですけど……意識が戻っても、僕の話を聞いてくれるとは思えないです」
僕は不思議そうに首を傾げているマリとアキラに別れを告げると、店を出てあの『不確定時空』が現れた公園へ足を向けた。
最初のコメントを投稿しよう!