僕は透明な身体で新たな旅を始める

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僕は透明な身体で新たな旅を始める

 僕はふわふわした身体を持て余し、久しぶりに心もとない気分を味わった。  幽霊にもいい所はある。どこにでも入れて誰にも――さっきの犬みたいな能力がなければだが――気づかれないという点だ。  僕は自分が見える人間がいるとしたら、それは杏沙だけだろうという確信があった。もちろん、この世界に杏沙がいるという保証はない。  それでも同じ体験をした僕ならば、見えない力が杏沙の元に導いてくれるのではないか――そう思わずにはいられないのだった。  仮に僕の身体がどこかに運ばれたとして、探せそうなところと言ったら病院か自宅しかない。だったら手がかりを得るためにもいったん、家に行くしかないんじゃないか。  僕がそんなことを考えはじめた時だった。ふと身体のどこまで何かが震えるような感覚を覚え、僕ははっとした。  ――この感覚は、まさか……  僕は直感に従って触ることのできないポケットに手を伸ばした。そして気がつくとポケットの中から『渦想チップ』をつまみ上げることに成功していた。 「――つかめるぞ!」  僕は興奮した。この世界の物には何ひとつ、触れることができない身体なのにこの物質だけは唯一、幽霊でもつかむことができる。これほど心強いことがあるだろうか。  『渦想チップ』は僕の手の中で強く震えたかと思うと、突然、ある方向に向けてサーチライトのような光を放ち始めた。光の方向は気のせいか、僕の自宅方向を示しているように思えた。 「この光は……次に僕が行くべき方向を指してるのか?」  光は十秒ほど放たれ続けた後、唐突に消えた。僕は幽霊には存在しない、心臓の鼓動が早まるような錯覚を覚えた。                ※  僕は触れることのできない地面をイメージの中で思いきり蹴ると、誰にも見とがめられないのをいいことに空中をすいすいと泳いだ。  四カ月前、『アップデーター事件』の時に身体の操り方をマスターしておいたお蔭で、僕はどんどん加速してあっという間に自宅前の通りに到着していた。  僕は玄関前の電柱に身を隠すと(隠さなくても幽霊だから、誰からも姿は見えないのだが)自宅の様子をうかがった。  外から雰囲気を探っていた僕は、何となく変だなという印象を抱いた。僕が四家さんと杏沙の身体を七森博士の研究室に運んだように僕も自宅に運ばれた可能性があるのだけれど、それにしてはあまりに静かすぎる。もっと大騒ぎになってもいいんじゃないだろうか。  そんなことを考えながら玄関を見つめていると突然、ドアが開いて思いもよらない人物が姿を現した。 「えっ?」  玄関から現れたのは兄の理と、ガールフレンドの夢未(ゆみ)さんだった。  ――変だな。彼女は今海外にいるはずだ。  仮に戻ってきているとしても、弟の僕がたった今運ばれたのだからあんな笑顔でいるのはおかしい。    ――いったい、何があった? いや、それ以前に僕の身体はどこにある?  僕は混乱した。だが、それに続く光景は僕を混乱どころではない状態に陥れた。  二人を見送りに玄関に現れたのは妹の舞彩と――「僕」だったのだ。
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