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僕は壁を抜けて極秘の帰宅をする
僕と舞彩は兄貴たちを送り出すと、笑顔のまま家の中へ引っ込んでいった。
僕は変だ、と思った。なぜなら僕の「中身」はここにいて、あの身体は抜け殻に過ぎないからだ。
杏沙がいわゆる昏睡状態であることを考えれば、本来なら僕もベッドの上に横たわっていなければならない。ましてや兄貴のガールフレンドを玄関まで見送りに行く、なんていう判断や動きができるはずがない。
だとすると……『アップデーター』のような侵略者がまたしても僕の身体を乗っ取っているのか?
あの笑顔の「僕」が、侵略者に乗っ取られた僕だとすると、『不確定時空』も新たな侵略者(あるいは過去に現れた侵略者)が発生させたものなのだろうか。
――よし、なんとかに入らずばなんとかだ。
こういう時、杏沙ならすぐ言葉が出てくるのだろうが、あいにくと僕は映画の台詞に使えそうな言葉を「なんとなく」覚えているだけなので、いざ使おうとするとこんな風にふにゃふにゃになってしまうのだ。
僕は幽霊のまま自宅の庭に入り込むと、ウォークインクロゼットの外側に当たる壁の前に立った。
なぜ玄関ではなくこの場所なのかと言うと、さっき見た「僕」が侵略者だった場合、奴らが「幽霊」を感知する機械を持っている可能性があるからなのだ。
僕は誰にも姿が見えないのにあたりを見回し、それから思いきって壁の中に飛び込んだ。僕の部屋はウォークインクロゼットの真上にあり、ここから上に「上がれ」ば最短距離で自分の部屋に辿りつけるのだ。
――懐かしいな、この感じ。あの時もこうやって、ウォークインクロゼットから自分の部屋に入ったんだっけ。……ただ、あの時は七森が隣にいたけど。
僕はクローゼットの床をとん、と軽く蹴ると二メートルほど上昇した。僕の頭はクローゼットの天井を突き抜け、上半分だけが二階の床から突き出す形になった。
僕は立ち泳ぎのような格好で空中にとどまると、二階の床から目だけを出した状態で目線を左右に動かした。
動いている人間の足は見えず、僕は部屋に人がいないことを確信した。
――よし、本格的に侵入するか。
僕はいったんクローゼットの床に降りると、今度は勢いをつけて床を蹴った。
三メートル以上飛びあがった僕は二階の床からすぽんと飛びだすと、床から数ミリという絶妙な高さで動きを止めた。
――僕のベッドに「僕」はいないようだ。やっぱり普通に動き回ってるんだな。
「僕」の様子をずっと観察していれば、『アップデーター』か『IDデリーター』だった場合はすぐにわかる。なぜなら奴らは時々、目の色が変化するからだ。
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