僕は枯葉色の街角で主演女優を待つ

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僕は枯葉色の街角で主演女優を待つ

 昨日、僕はこの美術館に来ることを杏沙にメールでそれとなく、というか露骨に告げていた。しかも「興味がわいたら見に来てももいいよ、歓迎する」と下心丸出しの一文を添えて。  顔から火が出る――と言いたいところだが、ぶっちゃけ杏沙はそのくらいあからさまな態度を取らないと、こちらの真意はおろか下心すら気づかないのだ。……だけど。 「よくわかったな舞彩。ロケハンに誘ったけど、この分じゃ今日も空振りかな」 「あら―可哀想。あんまり見せつけると落ち込んじゃうから、もう行くね」  舞彩はそう言うとボーイフレンドの筆頭候補と門の内側へ姿を消した。  ――あいつ、うまくあの子を繋ぎとめられるかな。  僕はSFにも映画にもさほどの興味を示したことのない妹と、好奇心で目を輝かせている明人という少年を思い浮かべ、どうかあの子が遊びに来てくれますようにと祈った。  ――さて、いいかげん未練がましくうろつくのは止めて、帰るかな。  僕が喉に引っかかる淡い期待を強引に呑みこもうとした、その時だった。  秋物のコートに身を包んだ細い人影が、通りの向こうから幻のように姿を現すのが見えた。 「……七森?」  僕の前まで一ミリも表情を変えずに歩いてきた少女――杏沙は、特別展示のポスターに目をやると一言「見たいものがあるの」と言った。 「父の手伝いがキャンセルになったから、今日しか来られないと思って」  やった! 僕はそれまでの沈んだ気持ちが嘘のようにはしゃいだ気分になった。杏沙が口にした理由が事実だろうが照れ隠しだろうがどうでもいい。  僕は「偶然だなあ」と白々しい笑顔をしてみせた後「当然、お伴が必要だよね?」と言った。 「そうね。音声ガイドの邪魔をしないのならいいわ」 「よし、決まった」  僕がそう言って学生証を取り出すと、ふいに杏沙が「携帯は出さないでね。撮影に協力するために来たんじゃないから」と言った。  僕は内心「さすがに鋭いな」と思いつつ、こういうのも阿吽の呼吸って言うのかなと自分に都合のよい解釈をした。 「言っておくけど、あなたの見学する速度には合わせないから」  杏沙は僕のとろくさい見学テンポを知っているかのように釘をさすと、さっさと門の内側に入って行った。  ――ちくしょう、いつか七森と同じ歩調で並んで歩いてやるぞ。  僕が慌てて後を追うと、正面玄関に続くアプローチの途中で唐突に杏沙が足を止めた。 「おい、なんで急に止まるんだよ」 「……雪だわ」 「えっ?」  僕は足を止め、灰色の空を仰いだ。 「本当だ」  まだ十一月に入って間もないのに、この街で雪が降るのは珍しい。 「随分時間が経ったのね、あの出来事から」 「え?」 「あの時は美術館に自分の足で入るなんて、 夢のまた夢だったけど」  杏沙は僕らにしかわからない思い出を口にすると、再び玄関に向かって歩き始めた。 「ちぇっ、歩いたり止まったり、何をするにも予告なしだもんな」  杏沙との苦しくも少しだけ甘い記憶に浸っていた僕は、その時はまだ知らなかったのだ。  この日、僕らは明日を失いかねないトラブルのスタート地点に立ったのだということを。
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