僕はひどく運転しづらい乗り物に乗る

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僕はひどく運転しづらい乗り物に乗る

 近くでよく見るとその物体は、二ヵ月後に僕が見るボディとは微妙に異なる点があった。まず、人間らしく見せるための人工皮膚が貼っていない。いかにも機械という感じの見た目は、このボディが造りかけであることを物語っていた、  ――まあしょうがないよな。いずれもっと僕に似たプロポーションになるわけだし。  僕は一メートル以上ある工作機械をよじ登りながら、なんとか頭部まで完成していますようにと祈った。頭があれば、今すぐ操縦することも可能かもしれないからだ。 「――あっ」  数分かけて胸のあたりにたどり着いた僕が目にしたのは、人間の頭部とはほど遠い「造りかけ」の中味だった。首の上に皿のような物が乗っていて、そこに操縦装置らしきスイッチとレバーが見えていた。  本来は超小型のドローンに『ジェル』の姿で乗り込み、あの皿の上に着陸するだけで操縦できるのだ。首の上に直接スイッチやレバーがあるということは、まだ操縦装置をドローンに組みこむところまで行っていないということだ。  ――あそこに直接座れば、なんとかなるかな。   僕は首の上にある「皿」のところまでたどり着くと、『ジェル』の身体を半分以下に縮めて操縦席の中に押しこんだ。  ――よし、なんとか行けそうだ。  僕がスタートキーを回すと、エネルギーが充電済みだったのか両腕と両脚が動いてアンドロイド・ボディが作業用スタンドからゆっくりと立ちあがった。  ――うわっ、高い!  ぐんぐん上昇してゆく風景に、僕は声にならない叫びを上げた。  ドローンを使って自分の頭に「降りる」時は、頭の皮がぱかっと開いて僕が入ると閉じる。むき出しの頭に収まった状態で立ちあがるのは、十階建てのビルを屋上で操作するようなものだった。  僕は恐る恐る脚を踏みだすと、工房の中を歩き始めた。  一歩歩くたびにアンドロイドの身体が上下左右に揺れ、僕はいつ落ちるか気が気ではなかった。  少し経ってボディの感覚と僕の感覚がうまくなじんで来ると、自分の身体と同じように違和感なく動くようになる。だが、今の僕は初めて一人で自転車に乗った子供のように心もとない状態なのだった。 「あっ……おっと、よっ……うわっ」  僕はふらつく脚をどうにかしようと両手をばたばたさせた。が、それがいけなかった。僕はほどなくバランスを崩し、工房の床に膝をついた。同時にずしんという地震が起きたような衝撃が伝わり、僕はしばし四つん這いになったまま放心した。  ――はあ……とにかく、少しづつ慣れて行けばなんとかなるはずだ。  僕が顔だけを前に向け(下を向いたら落ちてしまうので)、自分に言い聞かせたその直後だった。  突然、僕の目に不意打ちのように不吉な影が飛び込んできたのだった。
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