僕らは時を止めてひととき語らう

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僕らは時を止めてひととき語らう

「おっ、これは『エイリアン』の準備稿だな。面白いなあ」  僕がSF映画ファンなら二、三時間はたむろできそうな資料に目を奪われていると、杏沙は順路のはるか先をお目当ては決まっているとばかりにすたすたと歩いていった。 「やれやれ、このお宝の山を無視できるとはなあ」  僕は舞彩も明人を無視して進んでなきゃいいがと、妹の初デートに思いをはせた。  杏沙がようやく足を止めたのは、オールドSFコーナーに置いてある『禁断の惑星』のロボットの前だった。もちろんレプリカだが、電球を組み合わせたような姿は半世紀以上後に生まれた僕にとっても魅力的だった。 「これが見たかったのか。いいよね、この形」 「形だけじゃないわ。このロボットには人の無意識を惹きつける何かがあると思うの」 「何かねえ……」  僕は適当だと思われるのを覚悟で曖昧な相槌を打った。こうなると杏沙の話にはついて行きようがないからだ。 「ああ、満足したわ。私は帰るけど、真咲君は?」 「おい、これだけのためにここまで来たのかよ」  僕は杏沙の極端な行動に口をあんぐりさせた。これじゃあSF映画の世界を堪能できない。 「あ、タイムマシンのレプリカもあったわね。あれだけ見たら出ましょう」  僕は思わずその場に崩れそうになった。まあ、仕方ないか。  タイムマシンのレプリカは僕も見たいものの一つだった。見られるだけよしとしよう。  僕らはほんの十数秒、距離にして数メートルの間だけ肩を並べて歩いた。僕はこの時間が百倍、いや無限倍に伸びればいいのにと密かに思った。 「素敵ね。やっぱり時を超えるにはこの円盤がないとね」  杏沙がそう言って目を向けたのは、ごてごてとした飾りのついた椅子に謎の巨大円盤がくっついた十九世紀のタイムマシンだった。 「これが回ると、本当に時を超えそうな気がするもんなあ」  僕が機械というより美術品のようなタイムマシンに目を細めていると、ふいに杏沙が「ねえ真咲君、人が時を超えるとどうなると思う?」と尋ねてきた。 「どうなるって……今の僕らは今にしかいないわけだから、別の時代に潜りこんだら無理が起きるんじゃないか?どんな不具合かはわかんないけど」 「その通りよ。消滅するのか時空が分裂するのか、それはわからないけどいずれにせよ時空を改編したら元の自分には戻れない。行って帰って来れたとしても、今度は時間旅行の事実そのものが存在しなくなる。つまり不可能ってわけ」 「いいよ不可能でも映画の中で楽しませてくれれば。戻ってこられないなら行きたくない」 「あなたらしいわね。……じゃあ私が旅に出るとして、何かあって戻ってこられなかったら私のことを綺麗に忘れてくれる?」  僕は思いがけない問いに言葉を失った。いきなり何を言いだすんだ? 「無茶言うな。忘れるわけないだろう。時空が何だか僕にはわからないけど、忘れろと言われたって死んでも忘れないぞ。そんなこと神様にだって決めさせない」 「そう。……ありがとう。ちょっとだけ安心したわ」 「安心した?」  僕が首を傾げると、杏沙は珍しく眉を下げて「なんでもない……行きましょ」と言った。
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