僕はなにかが終わる予感を振り払う

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僕はなにかが終わる予感を振り払う

 美術館を出た僕らは、バス停に向かって歩き始めた。  僕は少し先を歩く杏沙に話しかけるチャンスをうかがったが、杏沙の背中にはどうにもつけ入る隙はなさそうだった。  まあ、それはそうだろう。この状況でいきなり出演交渉をしても良い返事が返ってくるとは思えない。  僕らは無言のまま、バス停への近道である公園へと足を踏みいれた。公園を横切った向こう側のバス停まで、僕らの帰り道は同じなのだ。  だけど、と僕は思った。  一緒に歩いているにもかかわらず、斜め前の杏沙との距離が僕には実際の距離以上に遠く感じられるのだった。    ――なんとかクリスマスのシチュエーションで、ショートフィルムを一本撮れないかな。  すっかり葉の落ちた街路樹を見ながら、僕は杏沙に悟られぬよう企みを膨らませた。  別にクリスマスの当日じゃなくたっていい。それらしいイルミネーションか何かをバックに、雪のちらつく街角に冬っぽく佇む杏沙が撮れればそれでいいのだ。  しかしそんな下心丸出しのオファーを成功させることは、僕にとってハリウッドの売れっ子女優を自作に出すこと以上にハードルが高いのだった。  杏沙が再び足を止めたのは、公園の真ん中にあるベンチが置かれた広場に差し掛かった時だった。 「真咲君、あの子犬、真咲君みたいだと思わない?」  杏沙の唐突な言葉に僕は「え?」と言って足を止めた。杏沙の目線の先には確かに老婦人に連れられて散歩中の子犬が立木の前でうろうろしている光景があった。 「どこが?」 「なんだかいかにも、自分のリードに自分で絡まって助けを求めそうな感じでしょ」 「ひどいな。要するに僕がおっちょこちょいだって言いたいんだろ?」 「まあうっかりしてるのも、見ようによって微笑ましいってことになるのかもね」  僕は否定しろよと思いつつ、その一方で今日の杏沙はらしくないことばかり言うなとも思った。 「でも、そんなでたらめなところが案外、未知の侵略者には脅威だったのかもね」 「何が言いたいんだい?」 「真咲君。もしまたこの街を何者かが襲ったとして、その時に私がいなくても一人で戦える?」  僕は思いがけない言葉に、なぜか足元がぐらつくような不安を覚えた。 「急に何を言いだすんだ七森。今まで二人で戦ってきたし、これからも僕らはコンビだぜ」 「……私ね、今度父の新しいプロジェクトに参加するつもりなの」 「新しいプロジェクト?」 「人間の意識を別の時空に送り込む実験よ。身体を今いる時空に残したまま……ね」 「つまりあれだろ?幽霊の状態になるってことだろ?」  僕は杏沙の話す内容を自分なりに理解しようとした。幽霊になるだけなら今までにもあったし、僕だって同じ体験をしている。でも……別の時空って何だ? 「そうだけど、意識が飛んでゆく場所はこの街とは限らないわ。別の国、別の宇宙かもしれない。一旦身体から離れたらたぶん、しばらくは戻ってこられないと思うの」 「そんな……なんでそんな危ないことを七森がやらなくちゃならないんだ?」 「私には意識と肉体を「分離」した経験がある。その状態から戻ってきたこともね」 「それなら僕だってあるぞ」 「あなたには普通の生活があるでしょ」 「君にはないのか?あるだろ、美術館に行ったりカフェでお気に入りのテーブルに座ったりする毎日がさ」 「それは……もういいの」 「よくはないだろ」  僕が思うように説得できる言葉を見つけられず黙っていると、近くで子犬の鳴き声がした。どうやら杏沙が心配した通り自分で自分のリードに絡まってしまったらしい。
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