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そのひと月前には、大げんかをして隆哉と別れていたから、何も知らないと答えた。
それでも私服警官は、被害者女性の名前や、事件現場となった駅前通りの名前を口にして、心当たりがあればなんでもいいから教えてくれと、しつこく質問してきた。
うんざりだった。
思い出したくもないのに、隆哉と過ごした日々が蘇ってくる。白くてきれいに並んだ歯を見せて笑う隆哉に、笑わされ、癒され、抱かれ、幸せだった日々。
あの頃は、ずっと隆哉と一緒に過ごすのだと思っていた。少し理屈っぽくて鼻につくことはあるけど、カッコよくて、やさしくて、頼もしいから、少なくとも芽衣の方から隆哉をふることなんてありえないはずだった。
でも、その日は来た。
大げんかをした。芽衣は許せなくて、隆哉をふった。
その日以来、魂の抜け殻のようになった。
きっと、隆哉もそうだったに違いない。だから、血迷ってしまって、路上で若い女性を刺してしまったのだと思う。
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