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「いえ、あなたを気遣ったんじゃないです。けっして」
夢の中から引き戻されるように、芽衣が我に返る。
「は? な、な……なによ、それ? どういう意味?」
「ボクの商売のためです。一度でもミスったりしたら、信頼が失墜して、誰も依頼してこなくなりますから。ボクが、この仕事を続けるためには、芽衣さんには、完璧にアリバイを作ってもらわないといけないんですよ。警察を上手く騙せたら、また、教えてくださいね」
そう言いながら、フラグは、傘立てにあったモスグリーン色をした傘を手に取り、渡してくる。その傘は、防犯カメラに映る女性が差していたものだった。
この傘もくれるということだろう。
芽衣は、茫然としたまま傘を受け取る。
心の中に咲きかけた花のつぼみが、音も無く、あっさりと落ちた。季節を間違えた、バカな花のように。
「あ、あ……。ありがとうございます。じゃあ、これで……」
頭を下げて、事務所を出る。別れ際、手を振ってくれているのかと思ったけど、よく見るとフラグの挙げた右手は、細かく震えているようだった。
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