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「今は?」
「幼少期から桜の美しさに惹かれ、いつも春の季節を心待ちにしておりました」
「……」
老人は黙って、老婆の言葉をきく。
「私には夫がいたんですが、元々花になんて興味がないと言っていたあの人は、桜の季節になると何を差し置いても、私をここに連れてきてくれました。春はこの河川敷で、二人で桜を見るのが恒例となっておりました。少年のように無邪気に、私を楽しませてくれようと一生懸命だった、あの人と桜が大好きでした」
「……失礼ですが、ご主人は?」
「他界しました。それから私の想い出は、年に一度の桜と共にあったのです。少しずつ、受け入れていく覚悟をしていたわ。けれど今は年中、桜が降るようになったでしょう? 私はね、主人がいなくなってしまった現実を、今でも受け入れられないの。だけど桜が降るたびに思い出すわ。
まるでそのことを、受け入れろと、強制されているような気がするの。
桜が降るのが当たり前になってしまったように、
雨のように時々降り積もる桜に、想い出も、悲しさも、全て埋め尽くされそうで、怖いの。桜を見てもなんの感情も動かない。それが当たり前になる日常が、私は怖いの」
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