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「桜は、あなたの救いには、なりませんでしたか」
老人は淡々と、しかしどこか寂しそうにつぶやいた。
「私はね、主人と一緒に過ごしたこの場所が、桜が大好きでした。ごめんなさいね。初対面の方に、こんな話をしてしまって」
老婆は目元をハンカチで押さえると、立ち上がり一礼し、歩いていった。
残された老人は、立ち並ぶ桜の木と、降り続ける花びらに目を向けた後、視線を落とした。
空きができたベンチに、今度はどこからか現れた少年が腰掛けた。
「浮かない顔をされてますね」
「きみは……」
声をきいて、老人は、少年に視線を向けた。
「望んだ結果とは、ならなかったようですね」
「まぁ天使の力とて万能ではないよ。私は彼女にとって、特別なものである『桜の花びらを降らすこと』しかできなかった」
老人は人間の女性に恋をした、天使だった。
「桜を見ることで彼女は、想い出を支えに生きていけると思った。それがあなたの願いでしたね」
「思い上がりだったと、痛感したよ」
老人はうつむき、目を閉じた。
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