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人は想い出の中だけでは、生きていけない。
どれだけ愛し合った者でも、いつかは必ず別れがくる。
本来、桜が咲くのは、春の刹那。
愛のように蕾を実らせ、恋のように花を散らす。
その時間はまるで人生のように、儚くも短く、そして尊い。
だが桜の開花は、その一刻に、全力を尽くす。
だからこそあれほどまでに、神秘的なのだ。
季節は廻り春の訪れ。
桜が咲き誇る河川敷に、老婆が訪れた。
あのベンチには、先客がいた。
老人は二人分のカップコーヒーを持っていて、一つを老婆に差し出す。
「ありがとう」
老婆は優しく微笑み、それを受けとる。
桜の木から自然に舞い落ちた花びらが、満たされた水面に舞い降りた。
「風情があるね」
老人は微笑み、老婆が応えて頷く。
二人は手を取り合い、桜並木を歩く。
今日の天気は快晴。
優しい春の木漏れ日の中で、桜の花びらが風に舞った。
(了)
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