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午後十一時。
眠る前のこの時間に、古本屋のワゴンセールで買った百円の文庫本を読むのが、私のささやかな楽しみだ。
そんな癒しのひと時を、酔っ払いの大きな笑い声が邪魔をする。
「ほんとハリセンって、どこに売ってるんだろ」
スパーンッと一発。
マナー違反者を順番に並べて、軽快なリズムで頭を叩いていきたい。もちろん本気で相手を傷付けたい訳ではないので、モグラ叩きの要領で楽しみたいのだ。
「おもちゃのピコピコハンマーでもいいな」
ピコピコとファンシーな音を響かせて、片っ端から殴っていく。きっと、たまらない爽快感を味わえるに違いない。けれど、これは決して実行される事のない妄想だ。
公園からまた騒ぐ声が響き、ボリュームを増した笑い声と共に手を叩きはじめる。
「なーぐーりーたーいー」
「わーかーりーまーすー」
瞬間、私の呟きに、あるはずのない相槌が返ってきた。
「え?」
私はベランダに出て声のした方を覗き見る。自分と同じ歳頃の青年が、隣のベランダの柵に優雅に腰掛けていた。
隣は、空室だ。
「不審者? まさか、ゆ、幽霊?」
焦って逃げようとした私は、足がもつれベランダで尻餅をつく。
「あ、大丈夫っすか? 僕は桜の中の者です! 決して怪しい者ではないのでご安心を!」
桜の中の者…………って、何?
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