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雪宮は高校入学のタイミングでこの町に引っ越してきた。
彼の母親は物心がつく前に亡くなっていて、父親と二人暮らし。
その父親の仕事の関係で、小さい頃から転校を繰り返してきた。
まだ小学生の時は苦労したこともあったけど、今やもう慣れたものだ。
それに中途半端な時期の転校に比べたら、今回は高校入学という大きな節目と重なったのが良かった。
クラスになじむのも、友達が出来るのも、そんなに時間はかからなかったし何ら苦はなかった。
でも、苦労していたときの名残だろうか。
ふとした時に一人になりたくなったり、静かな場所を探していたりすることがあった。
クラスに不満があるわけでもないし、仲良くなった友達はむしろ今までで一番気が合うように感じていたけれど。
たまに一人でボーッと空でも眺めていたくて、それができる空間を密かに探していた。
とはいえ、それがないと息苦しくてどうにかなってしまいそう、なんてことはなく。
友達と話す時間も楽しかったから、気付けば季節が一つ過ぎていた。
暑くて強烈な日差しが肌をジリジリと焼く日々が続くようになった頃。
その日あった体育が、珍しく第二体育館での授業だった。
この第二が使われることは滅多にないけど、急な予定変更だった。
バスケットボールをやると聞いたときには、こんな暑い日に、とクラスメイトは揃って口にしていたけど、直射日光を浴びないだけまだマシだと雪宮は内心思っていた。
それでも暑いものは暑くて、汗だくになって試合を終えて、なだれ込むように体育館の隅に腰を落とした。
開けられるところすべてを全開にした窓や扉から風が入ってきた。
全くもって涼しくはない。
ため息を吐きながら外を見れば、眩しいくらいの日差しが照りつけている。
一番近い扉は体育館の裏手に位置していて、開け放たれた扉の枠いっぱいに見えるのは名前のわからない緑がたまに揺れる山だった。
ここは何もない山奥ではないけれど、何でもあるような都市部の学校でもない。
山を削って建てたのか少し小高い場所にあって、周りは山に囲まれていた。
この第二体育館の裏には削れた山肌が見えていて、その上にたくさんの木が生い茂っている。
緑が揺れれば照りつける日差しが余計に眩しくて、目を細めたときにふと気付いた。
ここなら一人で落ち着くにはうってつけなのでは、と。
広さは十分だしほぼ使われることがない上に、学校の敷地内でも端にあるから、昼休みにわざわざここまで来るような生徒はいないだろう。
そう思ったら、雪宮にはなんだか魅力的なところに見えはじめていた。
秘密基地みたいなワクワク感に、内心で子供か、と自分自身にツッコむくらいに。
翌日、雪宮は初めて昼の時間帯にあの場所へ行ってみることにした。
いつもは友達と教室で過ごしていたが、用事があると告げると、特に気にする様子もなく見送ってくれた。
行きがけに購買に寄って、第二体育館へと繋がる通路が見えてきたところで雪宮の足が止まった。
やはり雪宮の推測通り、ここまで来ると別世界、とまでは言いすぎかもしれないが。
さっきまでの日常が嘘みたいに静かだった。
でも雪宮が足を止めた理由はそこではなかった。
雪宮よりも先に通路を曲がっていった生徒がいたからだ。
まさかの先客か。制服で女子生徒だということしかわからなかった。
わからなかったけど、もしかしたら目的地が同じではないかもしれない。
雪宮は一瞬考えたものの、恐る恐る歩を進めることにした。
一定の距離を保ったまま時に隠れながら様子を見つつ、体育館裏にたどり着いたときには女子生徒の姿は見当たらなかった。
なんだ、とホッとしたのも束の間。
奥から机を抱えた生徒が出てきて鉢合わせてしまった。
「わぁ!ビックリした」
顔を初めて見たが、きっと雪宮の前を歩いていた女子生徒だ。
まったく気付いていなかったらしく、彼女にとっては突然姿を現した雪宮に心底驚いているようだった。
「あ、すいません」
「いやこちらこそ。大きい声だしちゃって・・・」
そう言って軽く頭を下げた彼女は抱えていた机と椅子を下ろして座り、弁当らしきものを広げ始めた。
雪宮はしばらくその場に突っ立って、どういう状況かと動けずにいた。
そんな雪宮を不思議に思った彼女が声をかけてきた。
「食べないんですか?」
「え?」
「お昼、食べに来たのでは?」
彼女が指さした先を追って、持っていた袋を見た。
そういえば、と雪宮は本来の目的を思い出した。
「そう、です」
「私は私で勝手にしますので。お構いなく」
微笑んだ彼女はそれだけ言うと弁当に向き直った。
雪宮もちょうど影が出来ているコンクリートの上に腰かけた。
それから彼女は雪宮を気にする素振りもなく、雪宮も最初は戸惑いもあったが、いつの間にか気にならなくなっていた。
早々に袋の中身を食べ終えて、何をするでもない静かな時間が流れていた。
眠っていたわけではないけど飛び起きるようにハッとしたのは、再び彼女に声をかけられたときだった。
「あの、予鈴なりましたよ?」
いくら敷地内の端にあるとはいえ、予鈴が聞こえないなんてことがあるわけがない。
でも雪宮は気付かなかった。それに驚いて、次第に焦り始める。
今からだとギリギリ間に合うだろうか。次が移動教室だったら完全にアウトだった。
そんな雪宮を尻目に、彼女は先に歩き出していた。しかしすぐにこちらを振り返って、
「そうだ。また来てもいいですよ、ここ」
それだけ言い残して駆けていった。
別に君の持ち物ってわけでもないだろうにと、雪宮は笑った。
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