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次に体育館裏を訪れたのは二日後だった。
先客の許しがあったとはいえ、本当に行っていいものか悩んだ。
一人になれる場所を見つけたと思ったらそうではなかったこともだが、わざわざあんなところに行くくらいだから、彼女も自分と似たような思いがあるのではないか。
そうだとしたら、邪魔をしてしまったことになる。いいと言ってくれたとはいえ。
でも不思議と居心地が良かったことは、なかったことには出来そうになくて。
向かった先で、今度は笑顔で彼女が出迎えてくれた。
そのことにも驚いたけど、もう一つ。
「あの、これは・・・」
「机です」
「あ、他に誰か来るんですか」
「ううん、あなたの机と椅子。私ばっかり悪いかなと思って」
聞けば、倉庫にしまわれていたものを雪宮のために運んできたのだという。
もう来るかもわからない相手のことを考えて、構うことはないと言ったのは確か彼女のはずだったのに。
「とりあえずここに置いただけなので、自分の好きなところで使ってください」
そう言われて、雪宮は衝動的に机を動かしていた。
どんな衝動だったのかは今でもうまく説明できる気がしないけど。
何かが沸き上がってきた気がした、体の底から。
向かい合わせでくっついた机に目を丸くしていた彼女が、予想外の展開に吹き出しつつ言った。
「そういえば、名前まだ知りませんね」
「雪宮です。一年です」
「私もです!一年の春川です」
入学してからそれなりに経ってはいるが、顔も名前も知らない同級生はたくさんいる。
一クラス三十人が七クラスで、単純に二百十人の顔と名前を覚えるのは簡単なことではない。
それに加えて一組から三組、四組から七組では教室のある階が違うため、休み時間でも顔を合わせることはあまりない。雪宮は二組で、春川は七組だった。
もしかしたら、同じ学校に通っているというだけで他に接点がないまま卒業だってこともありえたかもしれないのだ。
そんな二人の、これが初めての出会いだった。
それから夏休みに入るまでの間、昼はここで過ごすようになった。
一週間と少しの間だったけど、初めから感じていた妙な居心地の良さは変わらなかった。
話をする日もあればほとんど会話を交わさない日もあって、でもそれがストレスだったり、何か負担に感じるようなことはなかった。
それは夏休みが明けたあとも同じだった。
約一ヶ月の時間が流れていたとは思えないくらい、ここには変わらない雰囲気があって、春川がいつもと同じテンションでいてくれたことも大きかったのかもしれない。
ただ少しだけ変わったことと言えば、よく話をするようになった。
学校での出来事や授業のことはもちろん、学校の外でのことも色々。
普段つるんでいる友達にも話していないようなことを、春川に話している自覚が雪宮にはあった。
別に隠しているつもりも何もなかったけど、それができる空気があった。
だから雪宮も、何気なく聞いていた。
「なんでここに来るようになったの?いつから?」
「んーとね、桜がすごい綺麗だったの」
「桜?」
「そう、知ってた?あそこら辺、桜の木なんだよ」
春川は山の上の方を指したけれど、雪宮にはどれが桜なのかわからなかった。
「音楽室から見えた景色が綺麗で、ここに来たらもっと近くで見られると思って。それで来てみたら、風が吹くと花びらがヒラヒラ舞ってもっと綺麗だった」
その時のことを思い出しているのか、今は緑の木々を見上げていた。
「へぇ、そうなんだ。どんなだったんだろ」
「見られるじゃん、来年は。一緒に見ようよ!」
見たいと言ったつもりはなかったのに、春川がキラキラした瞳を向けてくるから。
雪宮は自然と笑顔になった。加えて、こんな時は体がフワッと浮くような気持ちになる。
「おう、楽しみだな」
まるで心を体現するみたいに春川も笑って頷いた。
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