春に雪が溢れる花

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 あと一つ過ぎれば、楽しみにしている季節がやってくる。 そう思えば期待は高まるが、そのあと一つがまた厄介な季節なのだ。 春川はそこまででもないらしく、終始笑顔だけれど。 「寒い。だめだ。中に着込んでもだめだ」 「確かに、もうそろそろ潮時かなぁ」 最近は日が差しても気温があまり上がらなくなった。 「どうする?新しい場所探すか?」 「いや、暖かくなってきたらまた来ることにしようよ。屋内でこんな場所って、なかなか難しいだろうし」 「そうだなぁ」 このあと寂しいとか寂しくないとか、ひとしきり冗談を言い合ったりして。 「次、ここに来るときは春だな」 「桜たくさん咲いてくれるといいなぁ」 「あぁ、花見できるじゃん。約束もまだだし、ちょうどいい」 「約束・・・?」 「おい、とぼけても無駄だ」 お互いを見合って、同時に吹き出した。 会話の中で何気なくかわした言葉を、雪宮は何度も約束と言い張ってきたことがあった。 春川もそれが何か当然わかってはいるけど、のらりくらりと返してきた。 今日も、気が向いたらね、と返す春川に、雪宮はもう慣れた様子だった。 まだ時間はあったけれど雪宮が耐えきれなくなって、最後の日は早めに解散することになった。 次にここで会うのは年が明けてしばらく経ってからになるだろうに、別れ際はまた明日とつい言ってしまいそうなほど、いつも通りだった。  それから数ヶ月は体育館裏に通う前に戻ったわけだけど、最初はやっぱり違和感があった。 でも一週間もすれば、こんな感じだったなと感覚を思い出していた。 しかも一学期の頃と比べたら、クラスメイトと過ごした時間も長くなって関係も深まったからか、これはこれでいいもんだなと思えるようになっていた。 時折、あいつはどうしているかな、と考えることはあったけれど。 一生会えなくなったわけではないし、階段を下りて七組の教室をのぞけば、そこに春川はいるはずで。 会いに行こうと思えば何の障害もない距離だった。 でもなぜだかわざわざ会いに行く気にはならなかった。 連絡すら取っていない、というか、連絡先を知らないということを会わなくなってから気付いた。 たまに、友達と楽しそうに話しているところを見かけたりして、元気そうだと雪宮は胸をなで下ろしていた。 春川も同じなのか、彼女から教室を訪ねてくるということも見かけて声をかけるなんてことも一切なかった。 だけど春が待ち遠しいという思いを、きっと二人は誰よりも強く持ち続けていただろう。  コートを羽織る必要がなくなって、ブレザーだけでも十分に過ごせるようになった頃に、雪宮は久しぶりの場所へ足を運んでいた。 またここに来る日を事前に決めていたわけではなかったから、春川はいるだろうかと、珍しく少し緊張していた。 そしてすぐにその緊張は吹き飛んだ。 「雪宮、おそーい!」 姿が見えてすぐに発せられた言葉は、一瞬で時間が戻ったような感覚を引き起こす。 なんだこれ、と思いながら、雪宮の心は高鳴っていた。 実際にはもう新しい季節がすぐそこまで来ていて、春川は明らかにテンションが高い。 つられて雪宮も、柄にもなくはしゃいでしまっていた。 ただ、つぼみが膨らんでいるのは確認できても、花見ができるようになるのはまだ先になりそうで、体育館裏の日々が再開してまたすぐに春休みを迎えてしまった。 でも今までの長期休暇からしたら、春休みなんて一瞬だった。 雪宮はこれからの変わらない楽しい時間に胸を躍らせていた。 始業式の翌日も気温は高く、暖かい日が続いていたから桜は一気に満開。 今日は気持ちいい風も吹いていて、いつか春川の話していたヒラヒラと花びらが舞う様子が見られるだろうか。 口元をほころばせながら体育館裏へやってきて、いつもの声は聞こえなかった。 珍しいけど雪宮が先に着くことも何度かあったから、今日はその日かと納得した。 見上げた桜は風に揺れて、でも花びらが降ってくるほどではなかった。 雪宮は定位置の古びた椅子に座ろうとして、初めて疑問に思った。 「机片付けたんだっけ」 休み前にそのまま置いていったはずの机と椅子が見当たらなかった。 相も変わらず人気はないから、他人が片付けたとは考えにくい。 奥へ進んでいって、建物の陰でそれはすぐに見つかった。 丁寧に並べられた机の上には見慣れない箱が置いてあった。よく見るとそれは弁当箱で。 不思議に思いながら持ち上げた軽さに、てっきり中身は空だと思い込んだ分、蓋を開けて驚いた。 「なんだこれ、え、花びら?」 箱一杯に詰め込まれていたのはピンク色の花びらだった。 少し困惑して、でもこんなことをするのはきっとあいつだと、雪宮には思い当たる人物がいた。 いつも自分で弁当を作ってきていた春川に、何気なく言ったことがあるのだ。 今度俺の分も作ってきてよ、と。散々流されてきたけれど。 あの約束だと見せかけて、驚かせるつもりだったのだろうか。 こういうことじゃないと、春川が来たら言ってやらなくちゃいけないと思っていたのに。 春川が体育館裏に来ることはなかった。次の日も、その次も、また一年季節が巡っても。 春川はここに来なかった。
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