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「でもさ、どうしてわたしの素顔を見たいだなんて思ったの?」
今度は僕が質問される番だ。
ほふほふと小動物みたいに動く彼女の口もとを見ていると、僕は正直に答えるのが、なんだか気恥ずかしくなった。好きになった人の顔を一度ぐらいは見たかっただなんて。そんな勇気を僕はまだ持ちあわせていない。
そこで僕は座敷童姫の話を持ちだした。
説明を聞き終える否や、赤宮さんはくすくすと笑いだした。
「高校生にもなって、そんな噂を信じるなんて。高崎くんって、意外と子供っぽいんだね」
「そうかな」
「ってことは、もしわたしがその座敷童姫なら、今、高崎くんは幸せってことだよね?」
いじわるな笑みを浮かべ、赤宮さんが尋ねる。
好きな人と二人きりで食事をとるのが幸せじゃなかったら、なんだと言うのだろう。
「そういうことになるね」
けれど、素直に肯定できない僕である。
「照れてるの?」
「いや、別に」
「まあ、実際ちょっと恥ずかしいよね。三年間、一緒にすごしていたのに、お互い素顔を見るのが、今日がはじめてなんだし」
言われてみれば、僕のほうも赤宮さんに素顔を見せていない。数年前なら、ありえない話だ。
そう考えると、僕はなんだか突然面映ゆい心地になった。恥部をさらしているような感覚が、僕を襲う。反射的にマスクをつけようと、ポケットに入れたマスクに手を伸ばす。
「ちょっと待ってよ」
僕の行動を制し、赤宮さんが真摯なまなざしを向けてくる。
ジュッと肉の脂が弾けた。
「今ぐらいさ、いいじゃん。マスクしなくても。それに、もっと高崎くんの顔、見ていたいし」
男子諸君が聞けば、十中八九勘違いしそうなセリフを吐き、赤宮さんは耳を真っ赤にした。
って、そんな言いかたされたら、余計隠したくなるじゃないか。
イタズラをされているのかもしれない。一笑にされるかもしれない。だけど、僕だって赤宮さんの素顔をこれからも見たい。これで最後にしたくなかった。
僕は全身がマグマのように熱くなるのを感じながら、震える唇に勇気を与えて開いた。
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