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「え、わたしの素顔が見たいの?」
まさかのアプローチに、彼女も若干の戸惑いを覚えたようだ。
上目遣いで迫られ、僕はどきまぎしてしまった。吸いこまれそうな瞳が射抜く。僕はどうにか首肯する。
彼女はしばしの逡巡のあと、ある条件をつけた。
※※※
クラスメイトの素顔を知らない。一度くらいは見ただろうに。けれど、別に珍しいことじゃない。それぐらい、僕らは口もとをマスクで覆う生活を強いられてきた。
両親が破産したとかで、いつのまにか退学したクラスメイトに関しては、その顔すら思いだせない。
高校生活の三年間、僕らは某ウイルスのせいでお互いの顔をよく知らないまま、青春の日々をすごしていた。なんたって、昼食は自分の席で黙食、しゃべるときはマスク必須だったから。
そんなマスク生活は、僕らに素顔を晒すことが恥ずかしいという認識を与えた。まるでマスク=下着とでも言わんばかりに。それゆえに、ますますマスクをはずす機会は失われた。
だからこそなのだろう。僕らの高校では、妙な学校の怪談が生みだされていた。
生徒の中に口裂け女がいるだの、マスクの代わりにブリーフをつけているヤツがいるだの、バカげた話である。しかし、その一つに僕の興味をそそるものがあった。
座敷童姫。その素顔を見た者は、幸福になれる。これはこれでバカげた話だ。なぜに座敷童なのかもよくわからない。けれど、僕はこの座敷童姫に該当する生徒に心当たりがあった。
赤宮涼。さらりとした長い黒髪。ぱっちりとした大きな瞳。マスクをしていても隠しきれない美貌の持ち主だ。その一方で、彼女の存在感はあまりない。いつのまにかいる、という印象だ。
そんな彼女の素顔を拝めたなら、きっと幸せになれる。少なくとも、僕は。それぐらい、彼女に心を奪われていた。
そして奇遇にも僕と彼女は同じ塾に通っていた。よって他の男子と比べたら、仲はいいほうだ。男子の中では、一番彼女と会話している自負もある。ただ、それでも、彼女の素顔は見ていない。
マスクの着用が義務づけられていたから。
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