SAKURAの日日

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春になれば、キレイな花を咲かせる桜の木。 いつ見ても幾度見ても、美しい。 しかし、美しきものには寿命がある。幾百年と長生きの桜もあるが、長年の風雪に耐えかね、程なく悲しくも命を終えてしまう運命にある桜もある。 ネズミのふうちゃんの大好きな桜の木も、実はその危機にさらされているのでしたが、 そのことを知っているのは、同じく桜をこよなく愛するカラスのクーさんだけでした。 一見キレイに見える桜の木の裡は実はがらんどう、いつの間にやら入り込んできたいっぱいいっぱいのバイ菌がいろんな悪さをしてくれたおかげで、そのありさま、いつまで生き長らえることか。  さて――。 桜が大好きで、その桜の木の下で眠るのが大好きなネズミのふうちゃんは、今日もスヤスヤと気持よく眠りの世界に入っていましたが、その日の午後、ちょんちょんと頭を突っつかれ、いつも眠ってばかりいると頭の先から溶けちゃうよとカラスのクーさんから諭されました。 「ホント、溶けちゃうよ。イイ気持でばかりいるのも考えものだよ」 「だって、ここで眠っているとホントにホントにイイ気持イイ気持、世の中の嫌なことなんてみーんな忘れてしまえるからね」 「でも、タマには気分一新、それもイイかもイイかもだよ。そうだよ、新しい世界を知ってみるのもわるくないかも」 そんな言葉を交わしているうちにも、カラスのクーさんは、ひょいと器用にネズミのふうちゃんの頭をやさしくくちばしで咥えて、飛ぶのです。すいっと飛んで、桜の木のてっぺんの枝の先に、ひょひょいとネズミのふうちゃんを置きました。 「こわいよー」 ふうちゃんは泣きそうになりました。だって、とても逞しいとは言えない細い枝の先に、体を結わえられるようにして、全くひょひょいと置かれてしまったのですから。風がちょっと吹いただけで、ぶらんぶらんと枝が揺れる。体ごと落っこちてしまいそうです。 「気にしない気にしない。どうってことないよ、こんなのすぐに慣れるから」 カラスのクーさんはおかまいなし、そんな気休めを言うのですが、ネズミのふうちゃんは泣きそうになるばかり、枝の先にしがみついているしかありません。  そんなネズミのふうちゃんを、ニコニコ笑って見やるカラスのクーさんは、ほらほら、もうだいじょうぶだよと間もなく、モグラのピースケくんをやっぱりくちばしの先で咥えてきて、ふうちゃんのいる枝の隣りの枝に置きました。一回り大きな体のモグラのピースケくんのおかげで、ネズミのふうちゃんの枝はいっそう揺れます。 けれども、モグラのピースケくんは気にもしない様子で、こんちはーと気軽な挨拶を寄越した後、こんなことを言いました。 「モグラはおひさまの光に弱いと言われているけど、そしてそれは本当のことかもしれないけれど、オイラは違うね。カラスのクーさんのおかげだ。カラスのクーさんには不思議なちからがある。カラスのクーさんから、ここへと連れて来てもらったそのおかげで、だから、こうして目もつぶれず、桜の木のてっぺんで、満開の桜を眺めることだってできるんだ」 それから、ネズミのふうちゃんをあらためて見つめて、あんたはオイラのことなんぞ知りもしないだろうが、オイラはあんたを知っている。桜の木の下でいつもキモチよさそうに眠っているあんたの真下の土の底に、オイラはいたんだからな。あんたのキモチよさげな眠りの呼吸に誘われて、オイラも真下の土の底でイイ気持で眠ることができたってもんさ。ありがとよ――とそんなことを言ってくれたりもするのでした。 感謝の言葉をながながと述べられ、ネズミのふうちゃんは驚きましたが、カラスのクーさんには不思議なちからがあると言われたのには、なるほどねと頷く思い。 ともあれ、このモグラのピースケくんも悪いやつではなさそうだと安心して、まあよろしくねと機嫌のいい声を出しました。 そんなごきげんよろしうの声を出すと、もうすぐ間近で満開の勢いで咲き誇る桜の花の美しさが冴えわたり、ネズミのふうちゃんは、まったくふうと息を付く暇もなく夢の世界へと誘われていくようです。 風が吹くたび、ネズミのふうちゃんより大柄なモグラのピースケくんの体が揺れて、枝から落っこちそうになるのにはやっぱりヒヤヒヤさせられましたが、そのつど、モグラのピースケくんは上手にバランスを取って事なきを得、ばかりかお隣りのネズミのふうちゃんをいっしょに庇ってくれるような態勢を取ってくれるので、そんなこんなで、枝から落っこちしてしまうのじゃないかという心配はなくなっていくようでした。 そんな二人の様子を見て、カラスのクーさんは、ご飯を運んでくるたび、目を細めます。 「もっともっと、イイ目を見させてあげるよ。なんてったって、あんたたちは、こんなにきれいな花を咲かせる桜の木のてっぺんの枝にいるのだからね」  ありがとう、ありがとうとネズミのふうちゃんとモグラのピースケくんは声を揃えて、お礼を言います。 どうしてどうして、どういたしまして、とカラスのクーさんは笑って、毎年、桜が満開になる頃、この子達はと見込んだ生き物さん達を自分はこうして桜の木のてっぺんの枝に置いて、いろいろとイイ目にあわせてあげる、そうすることが生きがいなのだと見得を切るよう言い、「ぞんぶんにお愉しみよ。桜の季節は、まあ、長くもないのだからね」。 カラカラと歌うように、カラスのクーさんはそう言って、漆黒の色をした羽を一枚、枝と枝の間において、また来るからねと空に飛んでいきました。 さて――。 桜の木のてっぺん、その特等席にいる格好のネズミのふうちゃんとモグラのピースケくんのもとには、この見晴らしの良いてっぺんまでやって来て、桜の花を見渡そうとする生き物さん達が、それからドンドンとお目見えするようになりました。 ネズミのふうちゃんとモグラのピースケくんのように、カラスのクーさんに連れられて此処にやってくるというでなく、自力でのそりのそりと桜の木の幹を上ってやって来るつわものたちもいる。ほら、カブトムシのカーくん、蝶のさなぎのチョッちゃん、ほらほら、カマキリのキーちゃんもいるよというぐあいです。 みんな仲良く、わいわいとお花見気分で、毎日を過ごします。そのうち、風が吹いて、はらはらと桜が少しずつ散っていっても、まだまだまだと残りの花を、きれいだねキレイだねと誉めそやしてやまないからには、こんな桜の日日というものが、永遠に続くような思いにだって駆られます。 「そうだよね、桜の花さんたちは、きっと全部は散らないで、残っていってくれるんだよね」 「そうともさ。わたしたちが、ここにこうして、いるかぎり、おひさまが空の真上で輝くかぎり、桜の花さんたちも不滅なのさ」  和気あいあい、陽気でお気楽なおしゃべりを続けるうちにも、朝が来て昼が来て夜が来て、と時間は過ぎて行きます。  もうどれほどの時が流れたのだろう、とみんなで溜息を付くように思うのですが、一向に桜の花は散り終えるけはいを見せません。 「さすがだ、さすがだ。やっぱり、桜の花さんには永遠のちからがあるんだ。こうして、散りきることもなく、わたしたちを楽しませ、見守ってくれている。有り難いことだ、有難いことだ」  やっぱり、和気あいあいと言葉を発し頷き合うみんなでしたが、それにしても、このところ、カラスのクーさんのおとずれがないのはどうしたものだろうと心配する気持も湧いてくるのでした。 ほんとにどうしたのだろう、とカラスのクーさんがいつか枝と枝の間に残していった漆黒の色をした羽の一枚を見なおすばかりのネズミのふうちゃんなのでしたが、しかし、あらあら、どうしたことでしょう。その瞬間、たまらない痒みを体全体に感じて、キャッと体をくねらせました。みるみる、もういてもたってもいられない程の痒みに襲われて我慢が出来ません。と、モグラのピースケくんもおんなじありさま、痒いぜ痒いぜと木の枝の上でゴロンゴロンと体を揺らします。 「あ」「あ」。それからすぐにも、ネズミのふうちゃんとモグラのピースケくんは同時に声を上げ、痒みの正体を突き止めました。 カラスのクーさんが残していった漆黒の色をした羽の一枚、その深い黒色から摺りだされたゴマ粒のような蟻が、一匹二匹と湧いていて、ネズミのふうちゃんやモグラのピースケくんの体に伝って、痒みを催させていたのです。 「退治してやらなくては!」  モグラのピースケくんが決起の声を上げますが、蟻達の勢いにはかなわない。もう、数えきれない数の蟻が、漆黒の羽の一枚から湧いてきて、手に負えないありさまなのです。 「あんたたちばかりに、イイ思いをさせてなるものか」  蟻の一匹が、野太い声で言い放つと、そうだそうだと見る間の大合唱、桜の木全体がゆらゆらと揺れるほどの声の大きさに、ネズミのふうちゃん以下全員、これは只事ではないと身を竦める思いにならされるしかありません。 「桜の花は、あんたたちばかりのものじゃないのじゃないか」  ひときわおおきな、といっても蟻であるからにはたいしたことのないおおきさ、それがエラそうにもみえるのは、悠然とした貫録をたたえていてその声にも確かな風格がある、そんな大将格らしい蟻の一匹が、一途な目をして、言い放ちます。 「な、なにも、オイラ達は桜の花を自分らだけのものだなんて思っていない。そっちが勝手に思い込んでいるだけだろう」  モグラのピースケくんが負けじと言い返し、そうだそうだとネズミのふうちゃんも、カブトムシのカーくんも、蝶のさなぎのチョッちゃんも、カマキリのキーちゃんも声を揃えるのでしたが、知ったこっちゃないの風情で、大将格の蟻は、「さあさあ、みんな、わたしたちのいいようにしてさしあげようじゃないかい」と子分の蟻を鼓舞してやまない。 「さあさあ」とけしかけるたび、カラスのクーさんの残していった漆黒の色をした羽の一枚からは、もくもくと数えきれない無数の蟻達が湧いてきて止まらない。 「あ、あ、こうやって、この桜の木は占領される、この蟻さんたちに!」とネズミのふうちゃんはアキラメの声を洩らさずにいられません。 「そ、そ、そんなことがあるものか」とモグラのピースケくんは強がって、大きな体をみぎひだりと動かし、桜の木の枝をゆさゆさと揺らしての応戦を図るのでしたが、桜の木というものなてっぺんから根本まで、すっかり蟻さんの大群で覆われ尽くし、桜の花の一枚なりとも見えないありさま――かくして、美しい春の桜は、ただただただただ黒い黒い漆黒の巨木となってしまいました。 「ど、ど、どうしてくれよう」  みんな揃って悔しがる間もなく、ネズミのふうちゃんも、モグラのピースケくんも、カブトムシのカーくん、蝶のさなぎのチョッちゃん、カマキリのキーちゃんも、あっという間にただただ黒い黒い闇に飲み込まれたように姿が見えなくなってしまいました。  どれほどの時間が流れたのでしょう。  おひさまが天空で照り、やがてその日も沈み、夜が来て、また朝が来る。幾度となくそんな自然のことわりが繰り返されましたが、ただただただただ黒い黒い漆黒の巨木はとっくに元は美しい桜の木であったことを忘れ果てたかのように、傲然とその場所に立ち続けていました。 そうして、春が過ぎ、夏が去り、秋や冬も逝く……。 カラスのクーさんが、お久しぶりねと舞い戻って来て、「ごくろうさま」とただただ黒い黒い漆黒の巨木に告げました。 美しい桜の木をただただ黒い黒い漆黒の巨木へと変えた蟻さんの大群も息絶え、ただただ黒くて黒いだけの木の肌に、一匹一匹と塗りこめられ、消されてしまったかのような――「そう、でもね、これでいいのよ」  カラスのクーさんは、ただただ黒い黒い漆黒の巨木の真上を幾度か旋回して、不敵な笑みを浮かべました。  そう、これでいい、中身はがらんどう、朽ちようとしている大好きな美しい桜の木に未来永劫のいのちを与えるには、荒療治ともいえるこの方法しかなかった。 桜の木は、いちどただただ黒い黒い漆黒の巨木となり果ててこそ復活の時を待つ、天の神様にでも告げられたように、カラスのクーさんは確信していました。それには、少々の犠牲が生じても致し方のないことなのだと思ってもいたのです。 ゴメンなさいね、皆々様、と今は姿の見えないネズミのふうちゃん以下一同に謝りもし、そして、言いました。 「さあ、総仕上げ。わたし自身もお供えものとならずにいられるものですか」 カラスのクーさんのただただ黒い黒い漆黒の羽が一枚二枚と剥がれ、ただただ黒い黒い漆黒の巨木をてっぺんから覆って行きます。 やがて、すべての羽をなくしたカラスのクーさんは、鳥とも何とも言えない奇妙な痩せ姿となって、さよならさよならとただただ黒い黒い闇に飲み込まれていくように消えて行きました。  ……また、どれほどの時間が過ぎて行ったのでしょう。 数えることも忘れるほどの四季のめぐりが過ぎた後、ネズミのふうちゃんが、目を覚ましました。あれ、眠っていたのかな自分は、ときょとんと辺りを見渡したなら、ああと何かを思い出せそうですが、何にも思い出すことはない、そんな気持にもすぐなるのでした。 ただ、間近にすっくと立つ一本のおおきな木には、目を奪われ、ああとまた何かを思い出せそうな気分になるのでしたが、やっぱり思い出すことはないもないとすぐさま、思いなおしもする様子――おおきな木は、その枝の一本一本にまで、桜色の花を満開とさせています。 けれども、気が付けば、ふと、ネズミのふうちゃんは、呟いているようでした。 「自分はこんな木なんて、キライだ」  ひとこと呟くと、また次のひとことがやってくる。 「そう、こんなキライな木に咲く花だって、キライだ」 すると、その呟きを聞いて、モグラのピースケくんも、カブトムシのカーくん、蝶のさなぎのチョッちゃん、ほらほら、カマキリのキーちゃんも次々と目を覚まし、あーあと何度もあくびをし、やっぱり、自分達もこんな木もこんな花もキライだ、と何度もあくびをしながら、言いました。 「でも、キライな理由がわかんない」 「そうだね。でも、なんだかキライなんだよね」  そうだそうだと皆は頷き合い、空を見上げれば、一枚二枚と漆黒の闇の色をした鳥の羽が舞って、降りてくる。 「みんな、ウソを言っちゃいけないよ。みんなみんな、ほんとはほんとは、この木が、そして、この木が咲かせてくれる花が大好きなんだよ」  地面に一枚二枚と落ちてくる漆黒の闇の色をした鳥の羽を見やり、その主の声を聞くネズミのふうちゃん、モグラのピースケくん、そして、カブトムシのカーくん、蝶のさなぎのチョッちゃん、ほらほら、カマキリのキーちゃんも――彼らのいっそうぱっちりと開く目の中で、木のてっぺんの枝から、キレイな美しい花がいっそうの満開となって咲き誇っていきます。それは、カァとも啼かない漆黒の闇の色をした鳥の羽の一枚二枚の隅々さえ、見事な桜色にと染めそうないきおいなのでありました。
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