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「こんな……若い娘さんがいらっしゃるなんて……」  2階に上がる階段の前で、赤星は戸惑いがちにチラチラと姫野を見た。 「若いからと不安に思われることはございませんよ。長年引きこもってらっしゃる方は、案外と、私のような者に心を開いてくださるのです。初対面の女性を相手にして流石に暴力に訴えることも出来ませんしね」  姫野はウフフと笑って肩をすくめた。 「ところで、契約書は熟読していただけましたか?」 「あ……はぁ」  赤星は居間の方へ視線を遣った。そちらに契約書を保管しているらしい。 「篤史さんと接触には全面的に協力していただくこと。篤史さんが外へ出られるようになった時点を任務終了とすること。そして、篤史さんが出た後の部屋の清掃は当会が請け負うこと。任務遂行に掛かった金額と成功報酬についての細則もご確認いただきましたよね」 「はい……。しかし、あの金額で……」  赤星は困惑を隠せない表情で姫野の顔をうかがい、2階へ視線を遣った。 「はい。当会はお子様と接触さえできれば100%の成功率を誇っております。決してご家族様を失望させるような結果にはしないとお約束しますよ」  姫野の自信に満ちた表情にも、赤星は不安そうに小さく溜息を付いた。  2階の子ども部屋に引きこもっている篤史は、赤星家の長男。中学生の時に人間関係をこじらせて不登校になって以来、ほぼ自室から出ず家族と顔を合わせることもしないで生活している。  高校は辛うじて通信制の学校に籍を置くことが出来たが、ネットゲームに夢中になって学業をおろそかにしていたため進級できず、じきに退学となった。  自分の要求を通したい時だけ喧嘩腰に居間へ乗り込んでくる。  食事は家族が寝てから台所から掻っ攫っていく。  風呂はどうしているのかわからない。  たまに黄ばんで据えた匂いを放つスエットや下着が台所のゴミ箱に突っ込まれてるので、手前勝手に着替えはしているらしい。  何か気に入らないことがあると、奇声を上げたり壁を叩いたりするので、家族はビクビクして暮らしている。  二つ下の弟は大学進学を機に家を離れた。  この10年、家族もずっと手をこまねいていたわけでは無い。学校や、行政や、心療内科や、話を聞いてもらえる、息子を部屋から引きずり出して貰えると思うところには、時には恥を忍んで足を運んだ。引きこもりの更生に力を入れているというNPOにも頼った。しかし、それらの努力は篤史を殻の奥底に追い込み、ますますコミュニケーションを難しくする結果をもたらした。  ダメもとで参加した県外の家族の会で『ヨリソイの会』の存在を聞いたのはそんな時だった。
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