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餌木
「篤史さん、こんにちは。私、『ヨリソイの会』というNPOに所属しております、姫野すがる、と言います。少し、お話しできませんか?」
薄い合板の扉をノックして、姫野は部屋の中に呼びかけた。姫野の後ろで、赤星夫妻が固唾を飲む。
部屋の中からは全く反応が無い。
「今の時間、篤史さんはまだ休んでらっしゃるんでしょうかね」
姫野は小首を傾げた。赤星夫妻は申し訳なさそうに顔を見合わせる。
「今日の夕方18時から、篤史さんがプレイしてらっしゃるネットゲームのイベントがあるのは把握しています。報酬の美味しいドロップ収集型のレイドバトルですからその時間には絶対起きてますよね。直接顔を合わせられないのだったら、そちらからアプローチしてみましょう」
「ゲーム……? ですか?」
赤星はキョトンとして、姫野の横顔を見た。
姫野はニコリと微笑んで赤星を見返した。
「夜通しネットに繋げてお腹が空くと思いますから、篤史さんに御馳走を用意しておきましょうか」
「はぁ……」
釈然としない顔で赤星の妻は目を泳がせた。
姫野は再び扉をノックする。
「ごめんなさい。初対面の人とやり取りするのは、ちょっと勇気が要りますよね。今夜『ドラゴンズキングダム』でお会いしましょう。私、『スピア姫』のハンドルで参加してますから」
1階に戻ると、赤星夫妻は米つきバッタの様に姫野に頭を下げた。
「申し訳ありません。アイツ、……今日はあなたが来ることを話していたのですが」
「いえいえ。最初から会えるとは思ってませんよ。お気になさらずに。大分拗れていて、部屋から出てきてもらうのも至難の業と聞いておりますし。強硬手段に出て私のこと嫌いになってしまわれては困りますしね」
姫野は両手を振って恐縮した。
「ところで、篤史さんはジャンクフードがお好きなんですよね。甘いのはどうでしょう」
「え? へ……。炭酸飲料とかは用意しとけって言われてますが……」
赤星の妻が弱弱しく答える。姫野は大きく頷いた。
「じゃ、当会で開発した特製サプリ入りのタピオカドリンクを差し入れましょう。ああ、これは料金に入っておりますからご心配なく」
「特製サプリ?」
赤星は怪訝な顔をした。
「はい。長年引きこもっている方は、食べたいものしかお召し上がりになっていないので栄養が偏ってミネラル、ホルモンバランスが傾いてらっしゃる方が多いんですよ。それを補うために体調を整えるミネラルを添加したモノを摂取すると、気持ちが前向きになって引きこもりから離脱することを助けると言われています。当会でも効果を実感しているものなんですよ」
自信たっぷりの姫野に、赤星夫妻は顔を見合わせた。
今更サプリごときでどうにかなるものとも思えないが、この際、効果があると言われたら何でも試してやれという破れかぶれな気持ちになっていた。
それだけ疲弊していたのだ。
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