浄化

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 そして、約束の週末の朝。篤史は迎えに来た姫野の車に乗って、オフ会に出かけて行った。それと入れ替わりに、2トントラックが赤星家の前に横付けされる。    トラックから降りてきた体格の良い男性は、篤史の見送りに出ていた赤星夫妻に名刺を渡して丁寧に挨拶をした。 「私ども、『ヨリソイの会』の委託清掃業の者です。本日契約に乗っ取って、無事ご子息が引きこもりから脱出された後の部屋の清掃業務に参りました。長年引きこもっていたお部屋は、一筋縄では綺麗にならない程汚れているものです。姫野を通じてご子息から、清掃の範囲と廃棄するものの指示を受けております。判断に困る物はご家族様に確認いたしますが、基本、我々にお任せください。きっと居心地の良い部屋にして、ご子息のお帰りを迎えられるようにいたします」  そういえば、そういう契約内容だったか……。  赤星夫妻は茫然として、男につられるように頭を下げた。  男がトラックに振り返って合図をすると、そろいの作業着を来た男たちが3名、トラックから下りてきて、キビキビと道具を取り出して清掃の準備を始めた。  ブルーシートや養生テープに黒いビニール袋。高圧洗浄機に業務用の洗浄液。防水エプロンにゴーグル、防塵マスクと重装備だ。  赤星の妻は、息子が出ていった後の部屋を一度見ておきたい気もしたが、子ども部屋から漂ってくる何とも言い難い据えた臭いに気分を悪くして、断念した。赤星はそもそも見たいとも思わなかった。  大分、日も傾き掛けた頃、子ども部屋の清掃が終了した。  オフ会を楽しんでいた篤史から、そろそろ帰宅する旨の連絡が入る。 「これにて我々『ヨリソイの会』との契約は満了です。ご子息の立ち直りにお力添えが出来ましたことは、私たちといたしましても喜ばしいことです」  清掃業の男は、赤星に頭を下げる。 「いえ、本当にお礼のしようがありません。篤史が部屋を出て普通に生活が出来る日が来るだなんて、夢のようです。引きこもっていた時の息子を思うと、まるで……まるで生まれ変わったかのようで……」  赤星は目頭を押さえた。 「では、ご家族が末永く心穏やかに過ごされんことをお祈りしております」  男はそう言って、ゴミやらなんやらが満載の2トントラックの助手席に乗り込んだ。  ミラーに映っていた赤星家が見えなくなってから、男はスマートフォンを取り出した。指紋認証して通話アプリを立ち上げる。 「ああ、オレだ。無事、痕跡を消した。そっちはどうだ?」  運転席の男と、軽く目配せをする。 「ああ、大丈夫だ。……余りの変わりように『生まれ変わった』などと言っていたよ。まぁ、実のところ、その通りなんだがね。我々は捕食寄生者(パラシトイド)だ。中身をいただいて、最終的に宿主と入れ替わる……」  そこで一旦話を切って、男はフッと鼻で笑った。 「うむ。この国には、入れ替わったところで大したことにはならない引きこもりが何万といる。いくらでも我々が繁栄できる余地があるのさ。明日も、清掃に入れそうなケースがある。忙しいことはいいことだよ。……じゃあな」  通話を切った後、スマートフォンを胸ポケットに放り込んだ。 「さてと……喰い残しを処分しに行くかね」  トラックは夕闇迫る幹線道路に入っていった。 <終>  
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