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「……こ」
「ん〜…」
「木綿子起きろ〜。着いたぞ」
いつの間にか本当に眠ってしまっていて、嵐士に肩を揺すられて目を覚ました。
「……ごめんガチ寝してたぁ」
嵐士は安全運転で、いつもついウトウトしてしまう。
さっきは恥ずかしさからふて寝のフリをしていたはずだったのに、いつの間にかガチ寝してしまっていた。
運転中に助手席の人間に寝られるのは、運転手は嫌がるって聞いた事あるけど、嵐士は「いいよ〜」と嫌な顔ひとつしない。
こういうところは出来た男だ。モテる所以はこうした部分にあるのだろう。
「いびき掻いてたぞ? 木綿子」
「嘘!?はっずかし!!!」
「うん、嘘」
思わずグーで腕を殴ると、ごめんて~とヘラヘラ笑う。
「……ここどこ?」
「ん~とね、千葉」
「千葉っ!?」
ずいぶん遠出をしたものだな、と慌てて外を見てみると暗くてよく見えないけど、船が何隻が止まっているのが辛うじて見えた。
「ま、とりあえず降りようぜ」
言われるがままに外に出ると、磯の香りが漂っていて、ここが海に近くであることを物語る。
時刻を見ると22時を少し回ったところだった。
あたりには人影もなく、とても静かだ。
空を見上げると星が降ってきてるみたいですごく幻想的だった。
「綺麗…」
「この先に展望台があるんだけど、そっちの方が綺麗なんだって。行ってみようぜ」
流星群の夜は考えられないくらいに人がごった返すらしい。嵐士は遊び人なだけあってこういうところよく知ってるんだな、と変に感心してしまう。
この時間だと残念ながら展望台には登れそうにないけれど、近くの広場までは行けるらしい。
展望台までの道が坂でちょっと息切れしそうになる。まだ齢二十歳だというのに実にだらしない。
「後ろ見てみ」
やっとの思いで広場にたどり着くと、進んできた道を振り返る嵐士に釣られて視線を後ろに向けた。
振り返った先に広がる水平線に月明りと星空がキラキラと水面反射していて、20年間見たこともないくらい綺麗で幻想的な景色が広がっていた。
「すごい綺麗…」
嵐士と同じように階段に腰掛けてみると、時間がゆっくり流れていくような不思議な感覚に陥る。
「いい場所だね。女の子堕とすには絶好の場所って感じで」
自分でもこれが正しい褒め言葉かよく分からなくなったけど、嵐士は少しの間を置いてから「でしょ?」と相槌を打った。
「でも海といえばやっぱ昼間だよね~」
「そう? あたしは夜の方が静かでいいと思うけど」
「だって海と言えば水着!水着といえば女の子!でしょ」
ああ、ロマンチックな事を言ったあたしがバカだった。
そうだ。嵐士はこういうやつだった。
こんな雰囲気のいい場所なのに、気分が台無しになって、一発殴ってやろうかな…、と拳を握ると、殴られることを予測したのか嵐士はガードするように身構えた。
『他の男とじゃれ合ってるのを見てる方がつらい』
ふいに秋生先輩の言葉が脳裏によぎって、あたしは握った拳を下げた。
「……まったく。どうせ今夜は遊ぶ相手が捕まらなくてあたしのこと連れ出したんでしょ」
嵐士が何の意味もなく、こんな絶景スポットにあたしを連れ出す理由なんてそれしか思いつかない。
"あはは、バレた?"なんておどけて見せると思ってたのに、嵐士は黙り込んでしまった。
「……言ったろ? 今朝のお詫びだって」
いつもは騒がしいはずのあたしたちの間で、波音がやけに耳につく。
こんなのは初めての事で、少し狼狽えてしまう。
「あ、明日は槍でも降りそうだなぁ~、あはは…」
乾いた笑いが星空に吸い込まれていく。
何故だろう。少し緊張してしまう。
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