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「映画たのしみですね!」
無理矢理にでも思考を変えるため、話題を振る。
「実は、前に木綿子ちゃんが好きだって聞いてから見始めたんだけど、僕もハマっちゃって。僕もすごく楽しみなんだ」
そんな新情報を与えられると、ときめいてしまうじゃないか!!!
秋生先輩の可愛いところが存分に発揮される。
その後もしばらくは”どのシーンがグッときた”とか、いろいろと語り合って、あっという間に時間が過ぎていった。
「そろそろ映画館向かった方がいいかもね」
あたしの携帯に着信が入ったのは、ちょうどそんな話をしていた時だった。
――こんなタイミングで誰だろう?と携帯を見ると、母親からでおそらく鍵の件だろうな、と推測は出来ていた。
「電話、大丈夫?」
「……すみません、ちょっと出てきます」
さすがに出ないわけにもいかず、離席して電話を取ると、にぎやかなお祭りの騒音が耳に入ってきた。
【あんた、あれだけ言ったのに鍵忘れていったでしょ。どうすんの?】
案の定、推測していた要件だった。
適当に友達の家にでも泊まるから大丈夫、と言ってすぐに電話を切った。
高校の友人か、バイト先の友人にでも泊まらせてもらおうと考えてLINEを開くと、朝まともに見ていなかった分、通知が溜まっていてその中の一件が目に入る。
龍ヶ谷嵐士【しぬ】
思わずぎょっとしてトークルームを開いた。
【熱40℃出た】
【たすけて】
【しぬ】
体温計の写真と共に短い文章で辛さを伝える内容に少しホッとした。最後が大袈裟で一瞬何事かと思った。
そういえば、と高校時代に高熱出してたのにいつもと変わらない素振りで過ごし、学校側から救急搬送されそうになってやっと病院に行ったことが脳裏によぎる。
いつもは隠す病状をLINEでわざわざ伝えてきたということは動けなくなっているのでは…?
憶測でしかないことばかり浮かんできて頭の中がぐるぐるする。
――どうしよう。これは行くべきなのか?
嵐士だってもう二十歳だし、高校生とはわけが違う。子供じゃないんだ。自分でどうにか出来るはずだ。
そう考えながら席に戻ると、事情を知らない先輩は「大丈夫?」と心配そうな表情を浮かべる。
「何かあったの?」
「あ…えっと」
そうだ。元々は母からの電話のために席を立ったんだった、とようやく思い出す。
「その…、うちの母親熱あるみたいで」
先輩に"嵐士が"とはどうしても伝えられなくて、咄嗟に嘘をついてしまった。
「そっか。心配だろうし、今日はもう帰ろっか」
「すみません」
「こういう時はお互い様だから気にしないで。それに心配で純粋に映画楽しめないでしょ?」
急病には変わりないのだけど、やっぱり罪悪感が拭えない。
でも、何かあってからでは遅い気がして、あたしは先輩の厚意に甘えることにし、店を出ることにした。
駅まではほんの数十メートルの距離だけど、先輩は送ると言ってくれた。
「今日は本当にすみません」
「まだ日にちもあるし、また行こう。それよりお大事にね」
深々と礼をして、あたしはそのまま改札を抜けた。
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