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わかってはいたけれど、店内はやっぱり混みあっていて、席を探すのにも一苦労だった。
「こんなことなら、地元で集合した方がよかったな」
席に着き、アイスコーヒーを三つ並べながら、カウンター席に腰を据えると嵐士がため息をつきながら呟いた。
「ま、これも毎年恒例って感じじゃん」
「たしかに。いつもこうなるのわかってて、集合場所は会場近くだもんね」
段取りの悪さ…というのも変わらずのあたしたちは、思わず笑った。
「あ、猪子からだ」
談笑していると、吾妻が携帯に視線を落とす。猪子、というのはいつもこの花火大会に参加する、地方の大学に進学した同級生だ。
「ちょっと電話してくるわ」
そう言って吾妻が離席すると、途端に静かになってしまった。
「吾妻、相変わらずで安心するね」
さっきの一件があった手前、沈黙が少し気まずくて、あたしは必死に話題を探して口を開いた。
嵐士はあれから少し機嫌がよくないように見える。
「そうだね」と短い返事をし、コーヒーを一口含む。
周りはすごく騒がしいのに、あたしと嵐士の間だけ時空が違うんじゃないか、って思うほどに静かに感じて、あたしはそれ以上口を開けずにいた。
嵐士はあたしが先輩から告白されたことを知っているけど、一昨日、返事をしたことは知らせていなかったことを思い出す。
「……嵐士」
そう声を掛けた時だった。
「嵐士くんだぁ~」
大きな声にあたしの声はかき消された。
声のした方へと振り返ると、そこには見知らぬ浴衣姿の女の子が立っていた。
知らないはずのその子に既視感を覚えていると、目の前で会話が進んでいく。
「久しぶり~、元気にしてた?」
あたしのことなどお構い無しに、嵐士に顔を近づけている。その様子から「以前、何かしらの関係があったふたり」というのが伺える。
嵐士は少し驚いたような表情を浮かべながら「美和ちゃん」とつぶやいた。
「も~、夏休み入ってから全然連絡返してくれないんだもん~。たまには美和とも遊んでよ~」
美和ちゃん、と呼ばれた彼女はにこりと微笑みながらも視線は断固として外さない。
「ごめん、忙しくて」と少し困ったような表情をしながらも、優しく返事をする。
――あぁ、思い出した。
どこかで見覚えがある、と思ったのは、先日嵐士のLINEを代わりに見させられた時だ、と思い出す。
連絡が来ていたうちのひとつのアイコンが、この子だったのだ。
――てか、嵐士の周りの女って、あたしのこと見えてないんか!?
以前もそうだったけれど、白昼堂々の告白時ですら、あたしが巻き込まれがちなのは、女の子の視界にあたしが映っていないかのように振舞うことが要因でもあるのだ。
そんなに影が薄いんだろうか? と我ながら悲しくなる。
「嵐士くんもこのあと花火行くの? いっしょに行こうよ〜」
「いや、友達と行くから、今日は無理かな」
「え~。いいじゃーん。美和の友達も含めて一緒に行こ?」
そうしているうちに、電話を終えた吾妻が席に戻ってくるのが見えた。
「なに、また知り合い?」
「こんにちは~! 嵐士くんのオトモダチですか? はじめまして美和でぇす」
「あ、ども……」
吾妻もすっかり気圧されてなのか、いつもよりも控えめに愛想笑いを浮かべる。
「猪子、そろそろ着くってよ」
「そっか。じゃあ俺たちもそろそろ行こっか」
そそくさと席を立とうとすると、「え~、一緒に花火行こうよ~」と猫撫で声で引き留めた。
「なに。そういう話になってんの?」
状況がわからないと言わんばかりに、吾妻はあたしに耳打ちした。
「ダメですかぁ? 美和の友達もあと二人いるんですけど~」
「まぁ、オレは別にいいけど。大人数の方が楽しそうだし」
吾妻は誰とでも仲良くなれるタイプの人間で、見ず知らずの初対面の子でもざっくばらんに交友関係を広げてしまうから、なの気なしにそう返事をしたのだろう。
その言葉を聞くと、「わーい!じゃあ友達呼んできますね~」と言ってその場を後にした。
「嵐士、ま~だ女の子と遊びまくってんの?」
彼女の姿が遠くに見える頃になると、少し呆れた様子で吾妻が呟くと、「遊んでねぇよ」と嵐士はため息をつきながら顔を背けている。
「てか、本命はどうしたんだよ? せっかく千葉の絶景スポット教えてやったのにさぁ」
「千葉…?」
吾妻の言葉に思わず声を上げてしまった。
「そ。千葉にさ、展望台があるめっちゃ綺麗な夜景スポットあるんだけど、嵐士が本命落としたいっていうから教えてやったの」
それなのにさぁ、とため息をつく。
――展望台って……あれ? あの場所って千葉だったような。
以前、嵐士があたしのことを連れて行ったところじゃないか? と嵐士の方に振り返ると「最悪…」と顔を覆っていた。
「え………えっ?」
混乱で語彙力を失っていると、嵐士に腕を取られて引っ張られた。
「悪い。今日の花火パス」
「えっ!? ちょっと嵐士!?」
突然の事に、驚くあたしとは裏腹に「あ〜なるほどね」と納得したような吾妻の声が背中から聞こえた。
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