8話(2):ハクアよ

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8話(2):ハクアよ

 ハクアは、何だかんだ良いやつだ。友がいないのが惜しいほどに。  ヨの脱皮の片付けを手伝った後、ハクアは忙しそうに登校していった。  ハクアは、毎日そうだ。眠そうに起き、忙しそうに学校に向かい、疲れた様子で帰ってくる。そして夜は課題に追われ、泥のように眠る。学びに学校へ行っているのか、疲れに学校へ行っているのか分からない程だ。  ヨは、恵まれているなと思う。懐の深い家主の元で暮らせているのだから。ハクアはヨを住まわせてくれるだけでなく、こちらの要望に応えてくれるし、本だって読ませてくれる。同胞らのすべてがこのように屋根のある場に潜伏できているとは限らない。  思えば、ここに来てからすでに三週間程度が経っていた。最初は困惑していたハクアとも、しだいに話せるようになってきたものだ。地球の文化も、理解こそできないものが多いが、そういうものかと学ぶことができた。これもハクアのお陰だ。  それだけに、ハクアに言えない事情があるのが心苦しい。言えることなら打ち明けてしまいたいが、それではハクアの身に危険が及ぶ可能性があるのでできなかった。ここまで良くしてもらっているのだから、ハクアを危険に晒すなどもってのほかだった。それだけは避けなければならない。  ハクアをよく怒らせてしまうのも難儀なことだった。言語や文化を学んでも、やはりヨとハクアは違う生き物だ。両者の間には決定的な価値観の齟齬がある。それゆえ、何がハクアの機嫌に触れるかは全く手探りだ。ヨが魚を食べたときの、ハクアの呆然とした顔が未だに頭から離れない。こちらの行動の意図を組んでもらえないこともあるのも厄介だった。見た目だけ寄せても、結局は違う生命体なのだから。 「………この星に来てから486時間35分12秒59か。」  室内で一人で考え事にふけっていたが、ふと窓側まで歩き、空を見上げる。快晴だ。  空には今日も宇宙の生命体が駆けていた。日中は人間の目には見えないだろうが、人間より広い電磁波の波長を捉えられるヨの目にははっきりと見える。 *  深夜、ヨは目を覚ました。時刻は0時30分。  当然、ハクアは眠っている。今日も余程疲れてきたのか、帰宅してからは口数も少なく、適当に夜を過ごした後はすぐに眠ってしまった。ヨはハクアを起こさないようにひっそりと部屋を横断し、ベランダへ向かう。音を立てないように慎重に窓をスライドして開けると、ぬるい夜風が部屋に流れ込んだ  ベランダの手すりに背を預け、ハクアを振り返る。部屋の主は起きる気配すらない。 「ハクア、ヨは、そなたに感謝している。ハクアのお陰で様々なことを知れた。人間の暮らしぶり、人間の常識、人間の遊戯、人間の文化、人間のやさしさ。これらはヨの糧となるであろう。」  眠るハクアに語りかける。 「特にあの銭湯とかいうものは格別だったな。あんなに心地よいものも他に無かろうて。」  風が吹く。脱皮して鋭敏になった肌ではよく感じられる。 「すべてが終われば、すべてを話そうと思う。だから、今だけは、ハクアは何も知らずに眠っていればよいのだ。」  また振り返り、ベランダに足をかけ、かけた片足に力を込める。強く蹴り、そのまま跳躍する。物理法則を無視して、身体が夜空を舞う。電柱や屋根を蹴り、駆ける速度を増してゆく。夜の町の明かりが彗星のように過ぎ去ってゆく。  前方の夜空を見上げれば、眼下の景色と同じように流れる星。しかしあれは流星ではない。宇宙よりの生命体だ。  空を奔るそれは常のように地球から遠ざかることなく、逆に輝きを増して巨大化してゆく。ついには空を染め上げん程の規模となり———
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