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侯爵の突然の変わりように、思わず一歩下がってしまう。それを見越していたのか、いつの間にか後ろに回っていた竜王様が私の肩を抱き寄せた。
「優しくしてもらったのは、私のほうですので、こちらこそありがとうございます……」
リプソン侯爵は私の返事に感激したように、胸に手を当てる。しかし顔をあげた侯爵の瞳が私と竜王様の姿を捉えたとたん、ほんの少し唇を歪めた。しかしそれは一瞬で消え、今はまた大げさな身ぶり手ぶりで、話を続けている。
「なんとお優しい! それならば明日の選定の儀が、どれだけこの国の令嬢たちにとって大事な日か、すでにおわかりでしょう? 竜王様の冗談をお断りするのは難しいとは思いますが、明日だけは同行をお控えいただけると嬉しいのです」
そう言うと、まるで神に祈るような姿で、また頭を下げる。こんな皆が見ている前でひざまずいて言われたら、返事は一つしかないだろう。
「……もちろんです」
「ありがとうございます! そうそう、迷い人様の能力をお聞きしましたが、大変素晴らしいものですね。特に竜王様や明日決まるお妃様が、大変お喜びになることでしょう!」
「え……?」
(竜王様とお妃様が特に喜ぶ? どういう意味だろう……)
竜王様のほうをチラリと見ると、リプソン侯爵を無表情な顔で見ている。どうみても竜王様が、喜んでいるようには見えない。するとリプソン侯爵は顔を上げ、ニヤリと笑った。
「幼竜と話せる能力を活かすなら、竜王様とお妃様の子どもの乳母になると良いでしょう。次の竜王様の乳母です。とても名誉なことですよ?」
ねっとりとまとわりつくような笑顔に、背中にぞわりと寒気が走る。周囲の人たちも妙な雰囲気に気づいているようだ。侯爵の話に賛成の声をあげるものはいなかった。
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