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床に押さえつけられているため、誰が喋っているのかわからない。きっとここの警備の人か何かだろう。警察だったらどうしよう。そんなふうに考えていたのに。「魔術」という言葉が聞こえてきたとたん、額から嫌な汗がつうっと落ちてきた。
(もしかして、ここって日本じゃない……?)
それでも言葉は同じ日本語のように聞こえる。それに私は転ぶ前、普通に道を歩いていただけだ。バイトの買い出しの帰り、東京の人通りの多さにうんざりし、裏通りを歩いていて、そして……。
(たしかスマホが鳴って、ポケットから慌てて取り出そうとしたら、お財布が落ちたのよね。そしたら誰かぶつかってきて……。ダメだ。そこからは思い出せない。何か声が聞こえた気もするけど……なんだっけ?)
そんなことを考えていると、私を取り囲んで口論していた人たちが、いっせいに黙り始めた。
「もうよい。下がれ」
その威圧感のある声が部屋に響いた瞬間、辺りに緊迫した空気が漂い始める。さっきまでの騒がしさは気配すら無くなり、水を打ったように静かだ。そしてそんな静まり返った部屋に、今度はカツカツとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「竜王様、近づきすぎです」
「フン。こんな小娘に何ができると言うのだ」
竜王と呼ばれている人が、私に近づいてきている。それだけは理解できたけど、わかったからって状況が良くなったわけじゃない。むしろ「王」と呼ばれているこの人の機嫌を損ねたら、私は殺されてしまうのではないだろうか? 徐々に近づいてくる靴音が、まるで処刑台へのカウントダウンのように聞こえ、私の体はガタガタと震え始めた。
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