待ち人来たらず

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 我々にとって最後の主君が捕らえられた。ーーわかっていた。決められてたことであった。  お支えし続けた我々が、しかし最後は……一族の存続を選択し、沈黙を貫いた。誰も、父祖たちも、そんなことは望んではいなかった。先代も、先々代も、百年以上も我が一族が慕い、忠誠を誓った主君との非情な別れは、我々の呪われた宿命であった。  我々一族には使命があった。この後、いついかなる形でかわからない主君の復活の時に彼らを迎えるため、主君が〝滅びて〟も我々は存続しなければならないというものであった。ーーこれは、我が一族が祀る〝お石様〟の意思であった。一族の命運はすべて、太古に空から降って来たこの巨石の発する言葉に委ねられていた。  〝お石様〟の存在と〝お石様〟の言葉を聞くことができる我が一族の秘密を知り、我々に近づいた主君の一族は、自分たちの運命を受け入れていた。そして、何があっても我々は〝お石様〟の言に従うよう代々厳命をくだしていた。  しかしながら、我が一族はこの時の判断をめぐって分裂が起こった。世は移り変わり、戦乱に次ぐ戦乱によって一族は散り散りとなり、やがて〝お石様〟の祭祀も廃れてしまった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  桜の花はまるで光の粒のようだ。自分には眩しすぎる美しさだ。そんな桜が散ってしまうのを見たくない。だから、咲かなければいいと思う。けれども、なぜか毎年、その木の下にたたずんでしまう。ーー大事なことを何か忘れているのであるが、この時期だけは思い出せそうな気がするのだ。  誰か大事な人と、酒を酌み交わして夜通し議論した。誰か大事な人と、市井の人々の生活を見て回った。誰か大事な人と、理想の世を築くために奔走し、幾度となく巡る季節をともにした。  誰か大事な人を失い、しかしながら、どういうわけか自分は失ったはずのその人を待っている。ーー一体、誰を、待っているのであろうか。
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