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 弾かれたように踵を返すと、千代は山辺問屋の屋敷を飛び出し、大神山へと一目散に駆けていく。歩きづらい山道を、足の大きさに合わない小さな草鞋で歩いていると、途端に鼻緒ずれを起こした足がずきずきと痛み出した。草鞋すらもろくに買い与えられなかった、哀れな自分を思い知る。  これまでの人生を振り返っても、幸せに笑ったことなど一度もない。ただ辛いだけだった。山に置き去りにされた時、迷ってそのまま果てるべきだったのだ。帰る家など、千代の居場所など、元よりどこにもなかったのだ。  だからこれからやり直す。あの時と同じ大神山に足を踏み入れて、辛い人生の終わりを受け入れる――。 「どうして……?」  虚ろな眼差しでひたすら山を登っていく千代の口から、ふと漏れ出る細い声。 「どうして私だけが、愛されなかったの……?」  その疑問に答える者は誰もいなかった。
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