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その想いは散るを知らない
今日は珍しく柊さんとファミレスバイトのシフトが被り、心から楽しい勤務時間を過ごせた。
夜シフトのホールスタッフは、防犯上、学生アルバイト男女各一名で回しているそうだ。忙しい時は男性社員がヘルプで入る。例え女性バイトの方が数が多くとも、彼女たち二人のシフトはない。
そんなわけで、柊さんとバイトで会う機会は少ないのだが、勤務歴の一番長い彼はシフトの穴埋めをすることがあり、たまにこんな幸運が訪れる。
終業後、二人並んで帰り道を歩きながら、俺は「何て言葉を掛けたら、今から柊さんが部屋に来てくれるだろうか」と考え続けていた。
柊さんは俺が一人暮らしをしている何の変哲もないワンルームを気に入っていて、時折訪れてくる。今後の野望としては、彼の訪問頻度を増やし、部屋のみならず俺自身も好きになってもらいたいところだ。
「今日は夜も暖かいなぁ。すっかり春だねぇ。いいねぇ」
俺の考えなんて知る由もない柊さんは、呑気に伸びをしている。小柄なのと、くりっとした丸い瞳がどこかハムスター染みているせいか、こういう仕草がいちいち可愛い。俺より二つ上の二十一歳なのだけど、いまだに酒類購入時に身分証の提示を求められるらしい。申し訳ないが、あり得る話だ。
「あっ! 見て見て、旭君。桜がもう満開!」
街路樹の桜が咲き誇っているのを指差して、柊さんは弾む声で言った。
「本当だ。今年は開花が早かったですもんね」
街灯に照らされて、白っぽく浮かび上がるソメイヨシノ。その姿は幻想的で、だけど少し不気味だ。
「綺麗だね」
無邪気に笑う柊さんに、俺はこんなことを告げてみた。
「俺、実は桜が嫌いなんですよ」
我ながら卑怯だと思う。花、それも日本人が心惹かれる存在であるはずの桜を嫌っているだなんて、誰だって気になるに違いないからだ。
「えっ! そうなんだ。桜を嫌いだなんて、珍しいね。どうして嫌いなのか、理由を聞いてもいい?」
予想通り、柊さんは目を丸くして尋ねてきた。精一杯の寂しそうなフリをして、俺は答える。
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