朧月夜が見られない

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 その日は月が綺麗な日だった。  久々に仕事が早く終わった私は、家で夕飯をつくろうと思ったけれど、先にコンビニで温めたお酒とするめを買っていった。  職場では花見を行う習慣はなく、うちの夫もこのところ仕事が忙しいらしくて時間が合わない。家で晩ご飯をつくる前にひとりで花見がしたくなったのだ。  うきうきとしながら夜桜見物にちょうどいい公園へと入っていく。  昼間だったら、ここで子供が遊んでいるけれど、夜は閑散としていて、遊具以外だと桜の木と外灯、ベンチしかない。  私はするめの袋を破き、熱燗を煽った。  疲れた体にするめの塩気とアルコールが、シュワリと喉奥で弾けた。  桜を仰ぐ。昼間では柔らかなピンク色に見える桜も、満月と外灯に当てられるとたちまち艶めかしい色に変わる。桜は景色の色を映す鏡だとは、桜はピンク色だと思い込んでいたら意外と見落としてしまう。  そう思って浮かれていたら「んっ」と声が漏れ聞こえていた。  なんだよ、この声。幽霊かなと思ったものの、どうも様子がおかしい。このまま聞かなかったことにして立ち去ってもいいけれど、この声がなにか様子がおかしいんだったら、警察なり、救急車なりを呼ばないといけない。  私はそろっと桜の幹に隠れて、声の様子を窺って、絶句した。 「も、う……こんな場所で」 「誰も来ないって、夜の公園なんて。声が聞こえても、幽霊だと思って逃げるよ」 「ホテル空いてなかったからって」 「家に呼んだらまずいだろ」  ……うちの夫と、友達の利佳だった。どう見ても盛っていた。  不潔。変態。こんなところで。  沸き立つ気持ちを堪えて、私はなるべく足音が立たないように距離を稼いでから、公衆電話に飛び込んだ。スマホを使う気にはなれなかった。 『すみません。公園で男女が盛っているみたいなんですけど、注意してもらえませんか? 公然わいせつ罪で』  ちらりと見ると、木陰で隠れてもなお、声が漏れ聞こえる。たしかに公園に入らなかったらわからない程度の声だったのに。ベンチで花見をする人間に気付かないくらい熱中しているみたいだから。  私はそのまま家に帰った。 ****  家に帰り、食事の準備をしていたら、案の定警察から電話が入った。 「はい」 『すみません、警察ですが。あなたのご主人ですが……』 「わかりました。迎えに行きます」  案の定というべきか、夫と利佳は警察が来るまで夢中になっていたらしく、その場で厳重注意にならずに署に連行されたらしい。そして妻に迎えに来いと。  私はそれを伝えたあと、スマホで連絡を取った。 「すみません、夫が警察に捕まったそうです。逮捕……ではなさそうですが。これで立証はできそうですか? わかりました。お願いします」  伝えると、そのまま夫を迎えに行った。  警察署に出かけると、案内された部屋に夫はいた。  警察官に「この人は公園で通報がありまして……」と説明を受け、もろもろにサインをして連れ帰ることにした。  夫は恥ずかしさに堪えている。外でおっぱじめるから。利佳はいなかったけれど、どうなったのか。聞ける雰囲気ではないから聞かなかった。 「ところであなた。そろそろ離婚しませんか?」 「はあ?」 「私が出て行きます。慰謝料さえくれれば、家はいりませんから」  私の言葉に夫は絶句していた。  こちらも、偶然がなかったらどうにもならなかったんだから、しょうがない。
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