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「次は、もっと長く一緒に居れるから…」
彼は、歯切れが悪く、言い訳のような言い方をした。
その声は、テレビも何も流れていない小さな部屋によく響いた。
丸テーブルに落としていた目線を彼に向ける。
「 …ん 」
口の中にあるスルメの咀嚼もそこそこにして、
度数の高い酎ハイと共に一気に流し込む。
ん…
…奥歯の間にいるな…
ベロで口内の左奥をまさぐる。
…困った。
舌では届かない絶妙な位置に居座っているようだ…
ベロが疲れてきた。
少し舌の動きを止めていたら、いつの間にか彼が右隣に寄ってきていた。
彼の手がこちらに伸びる。
大きな手が、アホ毛が立っている頭頂部を撫でる。
一回、
二回、
三回…
私は目を閉じた。
全身に彼の体温を感じる。
生温かい彼の舌が入ってくる。
イカの足のように動くその先は何かを探しているよう。
私はまだ左奥歯を気にしている。
彼は、缶チューハイを持っていた私の手を取って、
優しく後頭部を抱えて床にゆっくり押し倒す。
髪の隙間をぬう指先は柔らかく、
私を傷つける意思を感じさせない。
ねぇ…
その白い部分がないほど短い爪も、
こまめに剃っているヒゲも、
今まで吸っていた煙草を止めたのも、
全部が好きで、
全部が嫌い。
その包み込むような温もりも、
首元にかかる吐息も、
薬指の日焼けの線も、
下手な言い訳も、
全てが憎くて愛おしい。
…あぁ…
なんて、
愚かな 私の 可愛い人。
知らない家の知らない人の匂いがする。
私は何もシラナイ。
私は何もカンガエナイ。
私は、奥に挟まっているモノのことは気にしないことにした。
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