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「朝起きたらうさぎになってたんだ」
「まあまあ、男の子って年頃になるとうさぎになるのね」
「いや、そんなわけないから」
お母さんの感心したような言葉に突っ込みを入れつつ、私は頭を押さえた。テーブルの上にのっているお兄ちゃんもため息をついている。
あれからリビングに降りた私たちはお兄ちゃんから事情を聞いたが、本人もなぜこうなっているか分からず情報は何も増えなかった。
「……おい、撫でまわすな」
「あ、ごめん。しゃべってないとかわいいうさぎにしか見えなくて」
癒しを求めてついついお兄ちゃんを撫でていたようだ。嫌そうな声に笑って誤魔化して手を引いた。
うさぎになったお兄ちゃんはとにかくかわいかった。体は両手に納まるぐらいに小さく、真っ白だと思った毛並みは日に当たると毛先がうっすらと淡いピンク色に光っている。今も不満げに赤い鼻を鳴らしているが、その姿でさえかわいらしい。
ついつい手が伸びそうになるのを、必死に押さえる。
「他人事だと思って楽しんでるだろ」
「ソンナコトナイヨ」
ジト目で睨みつけてくるので視線をそらす。なんとか話題を変えようと、私は思いついたことを口にした。
「でも突然姿が変わるなんて、やっぱり何かやらかしたんじゃない? お地蔵さま蹴っ飛ばしたとか、肝試しに行って変なの持ってきたとか。あ、変なグッズも持ってるしその中の一つが呪われてたんじゃない」
部屋に置かれているグッズを思い出しそう付け加える。言っているうちに、高校でオカルト部に入っているお兄ちゃんならあり得そうだと思ってしまう。私のそんな視線を感じたのか、お兄ちゃんは憤慨とばかりに鼻を鳴らす。
「俺がそんなことするわけ無いだろ。それにあれは呪いのグッズじゃない。だいたい、呪われてうさぎになるってなんなんだよ」
「いやいや、なかなかいい線いっておるぞ」
「ほら、お母さんも同意見だって」
「え? 私は何も言ってないわよ」
お母さんの言葉にお兄ちゃんと二人、顔を見合わせた。家族しかいないはずの家の中に誰かいると慌てて周囲を探る。
するといつからいたのか、腰に手を当てふんぞり返った尊大な態度の幼稚園児くらいの女の子が宙に浮いていた。竜宮城の乙姫様のような、ひらひらとした桃色の着物を身にまとっている。
女の子は滑るように私たちの前まで降りてきた。
「だ、誰だ」
お兄ちゃんが私の前に出て女の子と対峙したので、私はその小さな背中に隠れた。次から次へと出てくる異常事態のオンパレードに、私はキャパオーバーだ。固まって成り行きを見守る。
お兄ちゃんに問われた女の子は、考え込むように顎に右手を当てた。
「誰と問われると難しいが……妾は桜の樹の化身といったところだの」
「まあ! 桜の化身ってことは妖精さんなのね!」
母が手を叩く。桜の化身を名乗る女の子は妖精という言葉が気に入ったらしい。「妾のことは妖精と呼べ」と言っている。
「……その桜の化身がなんのようだ」
「妖精だというておろうに。まあよい。お主が今、うさぎの姿になっている原因の半分は妾が関係しておるのでの」
「お前のせいなのか!? だったら早く俺を元の姿に戻せ!」
飛び跳ねながら女の子に詰め寄るが、透けている彼女にその手が届くことはない。
「お主を救ってやった妾になんという態度だ」
「うさぎに変えておいて何言ってやがる!」
「そこの娘が言っておったろ。呪われているとな」
私を示した女の子はため息をついて続けた。
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