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「先日、不届き者が妾の枝を手折って行っての。どうやらその枝を呪物の一部に使用したらしい。我が身が穢されたので、慌てて呪い返しをしたのじゃが間に合わんかったようだ。そちの身にも呪いの一部が現れてしまったらしい」
「それがうさぎの姿?」
「うむ。うさぎは妾の眷属。呪いと妾の力が混じってそうなってしまったようじゃな」
私が思わず呟くと女の子は頷いた。女の子の言葉に俯いてしばらく考え込んだお兄ちゃんは顔を上げた。
「戻る方法はあるのか」
「それは呪いの元を断つしかないの。妾がお前たちのもとに参ったのもそのことじゃ」
女の子の真剣な目に、私も知らず唾を飲み込んだ。
「呪物にされた妾の枝を取り返して欲しいのじゃ。枝は妾の一部じゃからどこにあるかは分かっておる。だがこうして話せても妾に実体はなく、場所が分かっても触れることが出来ぬ。あのような穢れたものと繋がっていては妾の心身にまで影響してしまうのじゃ。今も、ほれ」
そう言って女の子が着物の袖をまくり腕を出すと、所々青あざのような斑点が浮かんでいた。痛々し気なその様子に思わず顔をしかめてしまった。
「痛くないの?」
「うむ。しかし、これのせいでうまく力が発揮できなくなっておる。まだこの程度で済んでおるが、更に悪くなるだろう……まったく、この妾が童の姿しかとれぬようになるとは」
「いつもの姿は違うんですか?」
「本来の妾の姿は本体の樹に相応しい、それはそれは美しい姿じゃ」
「そういえば、妖精さんはどこの桜の樹なの?」
「妾か? 妾は玉依大社の境内におる」
「もしかして縁結びのご神木!?」
「なんじゃ? 妾は有名なのかの」
私は大きく頷いた。玉依大社といえば縁結びの神社として有名だ。境内にあるご神木の山桜は樹齢五百年を超える大木で、花が咲く時期に落ちてくる花びらを掴めればその恋は成就するといわれている。そのため、この時期は観光客も大勢来るこの辺りの人気スポットだ。
「この子達の七五三も玉依大社でして頂いたし、お花見にもよく行っていたわ」
懐かしそうに目を細めるお母さんに、私も昔の記憶がよみがえった。
「そうそう。出店もたくさん出てて楽しかったよね。
……あれ、でも私が小学校入る前ぐらいから行かなくなったよね」
「それは冬弥があそこの桜は嫌いだからもう見たくないって」
「お兄ちゃん桜嫌いだったっけ?」
聞いたことのない話に私は首を傾げた。今はもう一緒にお花見はしていないが、別に桜が嫌いだなんて言っていたことはなかったはずだ。
私の疑問にお母さんが笑いながら首を横に振った。
「桜じゃなくて、あの場所に咲いてる桜が嫌いって言い張っているだけよ。冬弥はね――」
「そんなこと今は関係ないだろ! おい妖精、その枝を持ってくれば俺は元の姿に戻れるんだな」
お母さんの話を遮ったお兄ちゃんは女の子にそう確認した。あからさまな態度でよっぽど聞かれたくなかったらしい。絶対に後でお母さんに聞いてやると、私はひっそりと決意する。
「うむ。枝を社の中にある池に入れよ。あそこは浄化の力が強い。その状態で妾が祓詞を唱えれば呪いは完全に消えるであろう」
「なら、早く案内しろ」
そういうや否や、お兄ちゃんはぴょんっとテーブルから飛び降り、玄関に向けて跳ねて行ってしまう。
「ちょっと、その姿で外に行くつもり!? お兄ちゃんは家で待っててよ!」
慌てて追いかける私達をお母さんの「二人とも気をつけるのよ」と呑気な声が見送った。
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