山代咲の非日常

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 日中は暖かくなったが、朝晩はまだ肌寒い春先。カーテン越しの日差しにうっすらと意識は覚醒するものの、気持ちいい布団から抜け出せない。ぐずぐずしているとまた眠気が襲って来た。それにあらがうことなく、春休みだから二度寝をしてしまおうと寝返りをうった時だった。 「なんじゃこりゃあ!!」  家中に叫び声が響き渡った。驚いた私は反射で身を起こした。あの声はお兄ちゃんだ。普段声を荒げることもないお兄ちゃんが叫ぶなんてよっぽどのことだ。そう考えるより先に私は隣の部屋に向かって走っていた。 「何があったの!?」  私は慌ててドアを開けた。いつもなら勝手に開けると怒られるのだが、そんなことも忘れていた。状況を確認しようと見回したが部屋は無人だ。部屋の中も特に荒らされているようなこともなくいつも通りに見える。  怪しげな御札だったり人形、水晶が置いてあったりと中二病感満載だったが。 「あらあら、どうしたの?」  先ほどの叫びは何だったのだと首を傾げていると、後ろからお母さんが階段を上ってやってきた。 「私も分かんない。お兄ちゃんもいないし」  しっかり着替えているお母さんからはほんのり甘い匂いがする。今日の朝食はスクランブルエッグのようだ。  気が抜けた私はその匂いに空腹を覚えつつ、肩をすくめた。 「えぇ? 冬弥、下にもまだ来てないのよ。どこに行ったのかしら」  二人で顔を見合わせ、もう一度部屋の中を覗く。やっぱりお兄ちゃんはどこにもいないようだ。そうして見回していると、お母さんが一点を指さした。 「ねぇ、咲。ベットで何か動いてないかしら」  指先に目を凝らすと、たしかに布団の掛布団が僅かに上下に動いていた。  布団の下に何かいる。  その何かを確かめるために私はおそるおそるベットに近づいた。お母さんも私の肩に手を置いて続く。  その何かは小さいようだ。枕よりも小さい得体のしれない何かが、布団の下でうごめいている。  私は一度唾を飲み込むと覚悟を決め、えいやっと勢いよく布団をはぎ取った。 「まあ、かわいい!!」  私の肩越しに覗き込んでいたお母さんが歓声を上げた。布団に視界を遮られていた私も、遅れてその姿を目にすると同じように歓声を上げる。    小さな真っ白なうさぎがこちらを見上げていたのだ。 「なに? お兄ちゃんいつの間にうさぎなんて飼ってたの?」  その可愛さに恐怖も吹き飛び、私は思わず抱きかかえようと手を伸ばした。 「やめろ!」 「へっ?」  突然聞こえた声に思わず手を引っ込めて辺りを見渡す。お兄ちゃんの声だった。しかし やっぱり、姿は見えない。  そんな私とは対照的に、お母さんはじっとうさぎを見つめたかと思うとしゃがみ込んだ。そしてうさぎに目線を合わせると口を開く。 「もしかして冬弥?」 「お母さん何言って――」  私はあまりにも突拍子のないことに笑おうとしたが、気まずそうにうさぎが頷くのが目に入り固まる。そして苦々しく「……そうだ」とうさぎからお兄ちゃんの声がした。 「うそぉ!?」  思わず私は気の抜けた叫びをあげていた。
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