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未来の扉
「ホラ、もっとしっかり腕振って!」
「僕には無理ですよ、碧さ~ん」
境南高校のグラウンドでは、薄暗くなるまで特訓が続いていた。
「甲子園でアタシが投げられるか判らないんだから。そうなったらアンタが11番を継ぐんだからね。ホラ、ミットをしっかり見る!」
「ほええ~」
ヘナヘナと地面にへたりこみ「ちょっと休憩~」と泣きつく佐藤君。仕方ないなと碧も隣に座った。
「碧さんが投げられたら良いね~」
「う~ん、あの時は特例だったからどうなんだろ。けど、もし投げられなかったとしても、アタシ的にはお父さんの夢を叶えてあげられたから満足かな」
境南高校が千葉県代表に決まって以降、碧の本大会出場を認めるべきか侃々諤々の議論が大会本部で続いていて、まだ結論が出ていなかった。
「そうは言っても、投げてみたいでしょ?僕は絶対嫌だけど」
「まあね。自分がどこまで通用するのか、試してみたい気はするよね」
「大阪の岩城商業でしょ、熊本の犬飼学園。岩手の里中第一も強いし、香川の山田高校には凄いバッターがいるんだって。対戦が楽しみだな~。僕は絶対嫌だけど」
佐藤君は「どうか碧さんが出られますよーに!」と天に向かって祈った。
「碧さんが先発で完封すれば、もう女子だからとか言われなくなるんじゃない?」
「アハハハ、先発はウチのエースに任せた方が良いって。普通に上手いからね。それに、アタシは最終回のマウンドって結構気に入ってるんだ。最後はアタシで締めるって気合いが入る」
「そっか~。だけど、碧さんが活躍して、この先女子部員の未来の扉が開くと良いと思う。スポーツが沢山ある中でせっかく野球部に入ったんだから、甲子園を目指したいのは男子も女子も一緒じゃん。代打ならOKとか、リリーフだったら良いとかさ。高校野球も進化すれば良いと思うな」
「扉、開けたいね~」
沈み始めた夕日を眺める二人。ふと思い出した様に佐藤君が聞いた。
「そう言えばあのボトル、まだ持ってたら貸して欲しいんだけど?」
「ボトル?もう使わないから良いけど」
後ろのポケットから取り出すと佐藤君に渡した。嬉しそうに仕舞う佐藤君。
「何すんの、それ?」
「碧さんが使ったら10分間だけオトコに変身したんでしょ?僕が使ったらどうなるのかな~って、実験してみようと思って」
「ゲゲッ。変身出来たらスーパー銭湯とか行くつもりなんでしょ。絶対ダメだってそれは!」
「えへへ。実験、実験~♪』
「ちょ、待てよ!待てって!アタシのボトル、返せーーーー!!』
二人の遥か上空を円盤が一機、フラフラ~と不安定になりながら、西の空へと飛んで行くのだった。
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