新作コスメ

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新作コスメ

物語の時計は少し遡る。 佐藤碧の父親・佐藤潤平と言えば、大学野球で技巧派投手としてそこそこ活躍した選手だった。ドラフトで指名されずにプロ野球選手にはなれなかったが、その後は教師の道を選び、縁あって48歳で境南高校の野球部長となった。 小さい頃から野球観戦に連れて行ってくれた父親とキャッチボールをする度に、碧は「自分が男の子だったら良かったのに」と思った。 阪神の応援で甲子園球場に行くと必ず「良い球場だよなぁ」と呟く潤平が、甲子園で投げる夢を託したかったに違いないと碧は子供心に感じた。 リトルリーグで父親譲りの技巧派投手となった碧は、中学校でも野球部を選択し、高校は父親の勤める境南高校に進学した。もっとも、部活紹介で見たダンス部の華やかさに魅了された碧はそのまま入部。夏になる頃にはクラスメイトと学校帰りに駅前のコスメ売り場に行くのが新しい楽しみになった。すっかり野球を忘れた碧に、父親は何も言わなかった。 夏の甲子園大会が景浦高校の初優勝で幕を下ろした事も知らず、碧は秋に迫ったダンス大会の振り付けを部屋で繰り返し、長い髪を結ぶゴム紐を何色にするかで悩んだ。 クラスで一番仲良しの結衣が新しくオープンしたコスメ店に行こうと誘って来たのは、ダンス大会を来週に控えた金曜日だった。結衣の話では、カタツムリだの蜂毒だの蛇毒だの、美肌コスメの種類がとにかく凄いらしい。 コスメ店に到着した碧達は棚に並んだ商品を手にしては「これヤバくない?」「これは効きそう!」と騒いだ。それほど広く無い店内を一通り見終わり、そろそろルーズソックスを買いに行こうとなって、碧は保湿パックを手にレジへと向かった。 その途中、ふと小さなボトルが目に留まった。裏に「ミラポックスの毒」と書かれたボトルは480円と激安価格。 レジの店員さんに「ミラポックスって何ですか?」と聞いたが、「私もバイトを始めたばかりで。店長なら知ってるはずですけど」と言われてしまった。ボトルには特に使い方は書いていない。 まあ、この値段なら顔に塗ってみて、ダメなら捨てれば良いしなと思い、碧は保湿パックの横にボトルを置いた。 その夜ボトルの液を顔にペチペチと塗り、20分程して鏡を見た碧は、泡を吹いて失神する事になる。
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