Je ne peux pas vivre sans toi.

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「会いたかった」 玄関から部屋の中に足を踏み入れた瞬間に、今日何度もハグした中で一番強く抱きしめられた。レオのすべてが押し付けられる。首筋に埋められた鼻先がくすぐったい。 「レイの匂いがする」 「ちょっと待って……今日、汗かいてるから」 あまりの近さに狼狽える。レオは自分の言葉など聞き入れてはくれない。すぐになめらかでやわらかい感触が走る。 「ほんとだ、しょっぱい」 「恥ずかしいからやめて」 「どこが恥ずかしいの? 今から一緒にシャワーを浴びよう、ぜんぶ洗い流してあげる」 「冗談でしょ?」 「だめ?」 「やだよ!」 しゅんと大人しくなってしまったレオに少しだけ後ろめたさを感じる。一年ぶりに触れ合う彼との距離感の違いに面食らってしまう。 誰かに甘えるなんて経験これまで一度もなかった。レオと過ごすと決めた今、もう恥ずかしがる必要なんてどこにもないのは分かっているつもりだけど。 レオのアパルトマンは、6階建ての6階にあった。窓からの景色が美しいこと以外、部屋の散らかり具合と建物の古さは寮にいた頃とあまり変わらない。 先に入ってきてというので、シャワーを借りた。レオが入れ替わりでお風呂場にいる間、窓から見える懐かしい街並みを楽しんだ。夕闇が街を染め始めていた。 「夜はもっと綺麗だよ」 レオの声が耳に触れた。Tシャツに短パンの自分とは違う、バスローブのタオル地のふわふわしたやわらかな感触。気持ちいいと思う前に、レオに手を引かれる。 広くもないベッドにふたり座る。というか、ベッドに座るレオの膝の上に跨る形で乗せられてしまった。向かい合う彼の肩に肘を乗せ、いつもと違う見下ろす光景に、心臓の音がやけにうるさくなってくる。 不安定な場所を支えるように、レオが両手を腰に回してさするから、くすぐったくてたまらない。それだけじゃない疼くような感覚がじわじわと身体を熱くさせる。 「……レイ、キスして」 ごく小さくうなずいて、ためらいがちに唇を落とす。レオはその長いまつ毛を伏せ、されるがままに伶に身を任せていた。 レオの筋張った首筋を両手で包み、何度も何度も会いたかった気持ちをぶつけるうちに、甘い海に溺れるような心地よさがよみがえってくる。 しばらくすると細いくびれを支えていた両手はするすると落ちていき、やわく揉みしだかれ、レオ以外に触られたことのない隙間へと辿っていく。そのありえないような快感に声が出てしまって、とっさに唇の動きが止まる。 レオがふっと口角を上げた。 「レイのキス、鳥の羽でくすぐられてるみたい」 「それは褒めてくれてるの?」 「うん、切ないよ。捕まえたくても捕まえられない。ふわっと逃げて、どこかに行ってしまいそうになる」 「逃げないよ、僕は」 「どうかな。僕にとっては青い鳥だよ、レイは」 レオは冗談で言ってるわけじゃないみたいだった。 さっきまでいた寮での光景を思い出す。レオはいつの間にか学生たち何人かに囲まれ、熱心に話しかけられていた。自らファンだと公言し、楽器ケースにサインをもらっていた女学生もいたほどだった。 この一年、レオを待たせることに申し訳なさを感じていた。ほんとに自分でいいのかと、せわしなく過ぎる毎日の中でふと不安に駆られた。レオはあれだけのファンに囲まれてるんだ。彼が望めばきっと誰もが振り向くだろう。 「ほんとに一年待ってたの? ほかの誰とも会わずに?」 「レイのことなら何度も夢に見たけどね。信じてない?」 「僕がレオを独り占めしてていのかなって。あんなに人気があるのになんだか申し訳ない気がして」 「申し訳ない? ……じゃあ僕が誰か他の人と楽しんでも、レイはいいんだ?」 レオの指先が肌に食い込んでくる。その刺激に伶は唇を噛み締めた。 「これから先もずっと、僕はレオのそばにはいられるとは限らない。現に今回だって1ヶ月しかいないんだ」 こんな時に話す話題じゃなかったと、少し後悔し始めていた。レオは見たことのない困ったような表情を浮かべている。うっすらと怒っているようにもみえた。 「じゃあ聞くけど、例えば、城みたいな男と僕が寝ても、レイはいいの? それで満足なの?」 「え、城さんみたいな男らしい人が好きなの?」 「例え話だってば」 城となんて想像もしたくなかった。自分で言っておきながら、馬鹿みたいだ。自分への自信のなさを、レオの浮気を許すことで埋めようなんて。 「たとえ伶が僕の浮気を認めてたとしても、僕が城と会っていたことを知ったら、レイは僕のもとから離れて二度と戻ってこないでしょう?」 レオは手を離し、力が抜けたように肩を落とした。 「そんなの、絶対嫌だよ」 「ごめん、こんなこと再会した日に話すことじゃなかった、どうかしてる」 レオは無言で伶の黒髪を何度も梳いた後、何かを確かめるようにぐいっと上げ、白い額を露出させた。 「髪、伸びたね」 「忙しくて切りに行けてないから」 「レイだってこの一年、たくさんの出会いがあったんじゃないの? 誘惑されなかった?」 「え? あぁ、あ、いや。ないよそんなこと」 伶の歯切れの悪さにレオは分かりやすく顔をしかめ、パッと手を離された。 「やっぱり、一緒に入ろう」 「えっ?」 慌てる伶の手を引っ張って、お風呂場に連れていく。さっきまでレオが浸かっていたお湯にバスバブルを入れて思い切り泡立てた。 「レイは自己評価が低すぎるんだよ。特に恋愛に関してね」 「みんなそんなものでしよ」 「だから心配なの。ほら腕上げて」 強引にシャツをめくられ、されるがままに全部脱がされた。猫足のバスタブはふたりで入るにはギリギリで、入ったそばから泡が溢れて流れていく。 「レイの肌って赤ちゃんみたい」 全身をゆるゆると撫でられているうちに、ざらつていた心が洗われていった。さっきから仕事の話は一切していない。レオだってレコード会社を辞めて、個人の事務所を立ち上げ、ヴァイオリン以外の仕事にも奔走していたはずなのに。そんな愚痴は一言もいわなかった。 「あったまった?」 「うん、ありがとう」 湯から上がると、のぼせたのかぼうっとしてなんだか夢見心地だった。すぐそばにいるレオの身体は彫刻のように逞しくて、水を弾き、つい触れてみたくなるような張りがあった。 彼が羽織ったバスローブのベルトを縛る合間に、えり元を手で掴んでいた。驚いて濡れそぼった顔をあげるレオに、背をのばし唇を寄せた。 本当にしたいキスを。 彼のなめらかで熱い舌を必死で奪う。すぐに深まっていく口づけに、もう息をする暇もない。 厚い胸板に這わせた両手を肩まで撫でていくと、するりと音もなくバスローブは落ちた。 「んっ、レイ……」 両腕で強く引き寄せられる。 もう、我慢しなくていいんだ。
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