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一目見て、彼が衝撃を受けた理由はそれである。彼女は、彼女に似すぎているのだ。彼女自身なのと見まごうぐらいに。他人の空似とは到底思えなかった。彼女は、まるで彼女自身だった。あの時の彼女、8年前のそのままの姿で飛び出してきたようだった。
閉店後の暗い夜に、日課の公園の散歩をしながら、彼はこう考えた。今度彼女が来店したら。彼女に、彼女について聞いてみよう、と。
しかし、それからしばらくの間、彼女は店に姿を見せなかった。その代わりに現れたのは彼の元上司だった。
「やあ、来たよ」
と言って、社長はブラックコーヒーを注文した。彼らは世間話と昔の話をした。どうやら造園業を営む彼は、大きなプロジェクトを前に人手が本当に足りていないらしい。彼が、彼に頼みごとをしに来たのは一目瞭然だった。
「この店を構えて何年になる?」
「8年です」
と彼は答える。
「8年か、長かったな。あの時植えた桜の若木も、今ではすっかり大きくなったじゃないか」
「ええ、そうですね」
と彼は答える。
「あの時はまだ公園もできたばかりで、いろんなところがむき出しの地面で、工事中だったな。懐かしい」
「ええ、本当に」
と彼は答える。
「公園の中心に植えてある桜は覚えているか?」
社長が尋ねると、話半分に相槌を打っていた彼が、突然はっきりと答えた。
「ええ、もちろんですよ。あれは僕が植えた木なんですから」
社長は彼を見て笑った。
「そうだろう、覚えているだろう。あれは大変な作業だったからな」
通常、新たな公園を造られるとき、植えられるのは移植用の若木だけだ。だけれども、あの真ん中の桜だけは違った。他の場所から植え替えされてきた、樹齢がかなりある大きな桜の木だったのだ。
あの桜の木の由緒は古い。今から数えて元号が4つも前の時代のことである。内閣の人間が訪問した際、わざわざ手植えをした桜なのだ。大蔵大臣お手植えの桜、称して「大蔵桜」として、長年市民に親しまれ続けてきた。
しかし無情にも時代は過ぎた。街の再開発の際、丁度中心となる位置に、「邪魔」な大蔵桜が立っていた。それでも切り落とすのは忍びないということで、大蔵桜は開園直前だった市立水行公園に植え替えになることになった。
問題はここからだ。桜というのは、深く根を張る大樹である。また、由緒正しい大蔵桜の根を傷つけるのも、歓迎されてはいなかった。当時まだ若かった彼が担当したのは、大蔵桜を植え替えするための巨大な穴を掘ることだった。まるで
人を埋められそうなほど
大きな穴を、彼は掘った。
桜の根はこんなにも深いものなのか、と彼は感心した。人々が花見をするときは、決まって頭上しか見ないものであるが、その足元にはこんなにも深いところまで根が張っているのだ。もし地面が透明な水面だったのなら、反射するみたいに、上下対象の図形を見ることができるだろう。
難航した彼の穴掘りは、期限日の夜になんとか完了した。明日、トラックで大蔵桜が運ばれてくるという。
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