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1.愛を選んだ王太子
婚約解消の話を終えた後、元婚約者となった令嬢は「了承致しました」と、静かに答えた。
そこに怒りの憎しみも無かった。
始終、アルカイックスマイルであった。
静かに立ち上がると「王家の今後の御活躍をお祈りいたしております」と言い、「マクシミリアン王太子殿下、どうぞ愛する方と末永くお幸せに」と言い見事なカーテシーを披露した後、一度も振り返らず静かに退場していった。
思わず見惚れてしまった。
最後の微笑みはどこまでも美しかった。
婚約者であったセーラ・オルヴィス侯爵令嬢。
彼女から言われた言葉が、何年も自分の心に波紋を呼ぶなどその時は思いもしなかった。
――未来の国王としての活躍
――愛する女性との幸せ
幸せになれる、と思っていた。
それが、幸せになれるのだろうか?と思うのに時間は掛からなかった。
己の幸せよりも国と民の幸せを第一優先にするのが王族だ。
そう、教えられてきた。
近い将来、王として即位したならば更に王国を第一に考えなければならない。
恋人を愛した。
彼女と生涯を共にしたいと願った。
あらゆる障害を乗り越えて結婚した愛しい妻。
愛する妻と支え合い、これからの困難も乗り越えていくと信じていた。
愛が全てを凌駕する。
本気でそう信じていた。
妻の妃教育。
今まで受けた事がない厳しい教育。
それに涙する妻。
先に進まない妃教育。
学生時代にあった外交公務がなくなった。
公務は国内のみ。
私を更に不安にさせたのは「妻の公務禁止令」であった。
妃教育はおろか、基本的なマナーが出来ていない妃を公務に出す訳にはいかないと言われると何も言い返せない。
高位貴族から毛嫌いされている王太子妃。
高位貴族からの信頼が失墜している王太子。
政略を理解していない王太子夫妻。
妻が泣く。
泣きつかれて眠る事が多くなった。
泣いてもどうにも出来ないと知ると癇癪を起こすようになった。
情緒不安定な妃を隔離すべきだと言う声が出てきた。
そんな中での妻の懐妊。
子供がいる事で精神が安定し始めた妻に安堵した。
これで世継ぎを産めば、妻に対する周りの目も少しは良くなるだろう。
それが……。
妻が子供を産んだ。
可愛らしい女児。
王女だ。
王位継承権を持たない王女を産んだ。
王女は妻に似ていた。
成長するにつれ愛らしさが際立ってくる。
妻は娘を溺愛した。
妃としての全てを放棄した形で「夫」と「娘」を愛する妻。
王太子妃の重責と責務を理解できない妻。
これが元婚約者であったならば、妃としても妻としても母としても立派に全てをこなしていただろう。
あれから十年。
元婚約者は公爵夫人となり「賢母良妻」として国内外で名高い。二男一女を産んでいる。
彼女と結婚していたらどうなっていたのだろう。
そんな詮無い事を思ってしまうのは失った物が大き過ぎたからだろうか。
愛は全てを救う。
だが、愛だけではどうにもならない事がある。
政略結婚の相手よりも愛を選んだというのに……。
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