3人が本棚に入れています
本棚に追加
桜もとうに散り果てたこの週末、よく訪れる馴染みの川縁へと出掛けてきました。
冬の間は流れる水も涸れ果てていたこの川でしたが、春の訪れ、そして深まりと共にせせらぎの音は戻りつつありました。
河面に差し伸べられた桜の枝を飾るのは瑞々しい新緑であり、雲一つ無い春の空に満ちるはふわりと柔らかな青でした。
川縁の石垣に腰掛けて缶のコーヒーを呷りつつ、仄かに響くせせらぎの音に耳を傾けていると、それは恰も季節が歓び囁いているかのように思えました。
ささやかだけれども何とも楽しげで、そして耳に優しきその音色は実に心地良く。
けれども、それは何とも物哀しきものとして心へ響くようでもあり。
この春の人事異動のため、私は間も無くこの地を離れなければならず、馴染みのこの川縁を訪れるのも今日が最後でした。
冬の縛めから解かれて春の陽気を言祝ぐかの如きせせらぎの音、それはこの地を巡り行く季節が私から遠ざかる足音であるかのようにも感じられてしまいました。
そして、更に物哀しく思えたのは、おそらく私は心にじんわりと沁み行くようなこの哀しみをきっと早々に忘れてしまうであろうことでした。
異動したその先で待つのは嵐のように多忙な日々であり、新たな人間関係なのでしょう。
私が歩み、そして目にするのは新しい街なのでしょう。
私が目にする空も緑も、きっとこの地のものとは異なる色合いなのでしょう。
めくるめく日々の中、私がこの刹那に抱いている哀しみはきっと何処かへと追い払われてしまう、その存在感を薄れさせ忘れ去られてしまうのだと思うと、何とも切なく思えてしまいました。
嫋やかなせせらぎの音の記憶、それは私へと押し入ってくるであろう喧噪の音の前に霧消してしまうかと思うと、その音色のことが愛おしくも哀しく思えてしまいました。
この哀しみが砂粒ほどでも良いので心の何処かに留まっていて欲しい。
何時か何かの拍子に私の前にふっと現れて、哀しみの残り香を漂わせて欲しい。
そう思いました。
最初のコメントを投稿しよう!