1.

3/7
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
 だが、身近なところに魔術を使える魔術師がいないため、それが事実であるかどうかはわからない。それだけ魔術師は日陰者として、ひっそりと生きている者が多いからだ。解明できない不思議な力は、忌み嫌われる。それを使うだけで異端とされ、はじき出される。だから彼らは、魔術を用いることができたとしても、それを隠して、ほかの人間たちに紛れて生きている。もちろん、魔術師として堂々と生きている者もいるが、それはごく少数である。  そしてディーターは、この殺人が魔術によるものと考えている人間の一人である。そして、間違いなくその犯人を捕まえたいと強く思っている一人だ。いや、殺人犯であれば誰だってその犯人を捕まえて罰したいと思うだろう。それでも彼の気持ちは人一倍強い。  アニエルカは肩を上下させながら、大きく息を吐く。 「二人きりだけのときなら、そう呼んでやる」 「さっすが、お嬢。わかっていらっしゃる」  渋々と口にしただけなのに、ディーターの顔はぱっと明るくなった。 「エルだ。私のことはお嬢と呼ぶな」  きっと彼を睨んだ。ディーターは肩をすくめて「はいはい」と返事をしたのだが、彼女の愛称で呼んでもいい権利をもらえたことは、ちょっとだけ嬉しいようだ。表情に出さないように無表情を装っているつもりだが、どことなくうきうきとした雰囲気をアニエルカは感じ取った。  口ではいろいろと言うものの、アニエルカもたいがい彼には甘い。そして彼女自身はそれにすら気づいていない。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!