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「アザゼル様!」
「な、なんだよイザベラ。お前から呼び出すとか」
夜も更け、遅くまで活気に溢れていた街も今は静まり返っている。灯りも消え、まるでこの街に私達以外いないかのような錯覚を起こす。
それぞれの部屋へと入る直前、私はアザゼル様に後で出てきて欲しいと伝えた。その時イアンは居なかったから、彼を誘えなかったのは残念だ。
「しかも俺だけとか、もしかしてお前…」
「はい、どうしても今日お伝えしたくて!」
「そんな急に…お、俺にも心の準備っつーものがだなぁ」
「星を眺めるのに心の準備がいるのですか?」
アザゼル様は夜が苦手ではなかったと思ったのだけれど、違っただろうか。首を傾げる私に、アザゼル様は何故か金の瞳をぱちぱちと何度も瞬かせた。
「星…?」
「はい、星です!今日はいいお天気でしたので、きっと綺麗な星空が見られるのではと」
「なんだよ、星かよ。俺はてっきり」
唇を尖らせる彼を見て、思わずしょんぼりと肩を落とす。
「以前アザゼル様に満点の星空を見せていただいた時、私はとても嬉しかったのです。だから今度は私が、アザゼル様にお返しをしたいと思ったのですが…ごめんなさい」
「い、いや謝んな!悪かった、すげぇ嬉しいから!」
「本当ですか?」
無意識に上目遣いで彼の瞳を覗き込むように見つめる。アザゼル様は数度咳払いをした後、いつものように優しく私の頭を撫でてくれた。
「見てください、あそこ!一番大きく光っています!」
「ああ、そうだな」
「とっても綺麗…」
澄んだ漆黒の空にきらきらと散らばった星を、アザゼル様と二人で眺める。ここは街中だから、深林の時のように掴めそうだと思うほど近くはない。
けれどそれでも、今この空間がとても特別なものに思えた。
「今までは、上なんて見上げる余裕がありませんでした。私は随分もったいないことをしていたんだと、アザゼル様に教えていただきました」
「これからは幾らでも見ればいい」
「あの…、アザゼル様」
照りつける太陽が輝く季節が過ぎ、外套を羽織っていても肌寒く感じる。けれどそれに相反して、私の頬はかっかと熱っていた。
心臓が幾つもあるように、どくどくと煩い。
「私はこれから、色んなことを経験したいです。見たことのない景色も、感じたことのない空気も、食べたことのない味も、どんな世界が私を待っているのか、想像するだけでわくわくします」
「ああ、お前は自由だ。望むことはなんだってできる」
「その隣に、ずっといてくださいますか?」
勇気を振り絞った言葉に、アザゼル様の瞳が揺れる。まるでそこに星を埋め込んだように、きらきらと金色に輝いている。
(好き過ぎて、胸が苦しい)
どうして一瞬でも、この人から離れることができるなんて思ってしまったのだろう。
どれだけ自由でも、アザゼル様のいない世界に色は灯らないのに。
「お慕いしております、アザゼル様」
「イザベラ…」
「とても…とても好きです」
この感情は、とても不思議だと思う。口にした私の方が、涙が出るほどに幸せだなんて。
「イザベラ」
「は、はい」
「俺を殺す気か」
「は、はい?」
もちろん、そんな気はないに決まっている。何か失言でもしてしまったのかと焦ったけれど、私に触れた彼の指は驚く程に熱かった。
「可愛過ぎんだよ」
「えっ!あ、あの」
「俺も、好きだ」
指よりも、更に熱い。アザゼル様の腕に抱き締められ、私の思考は完全に止まってしまう。
「愛してる」
「…はい」
彼の綺麗な黒髪が、私の頬にかかる。アザゼル様の全てが愛おしくて、私は瞳を閉じ彼に身を委ねた。
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