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ep.12
「ロココさん、イアン!」
アザゼル様のことが気になりつつも、私とレイリオは無事ロココさんとイアンに合流することが出来た。
「これは…」
悲惨、無惨、あるいは見る影もない。そういった言葉が口をついて出そうになる程、そこには凄まじい光景が広がっていた。
レイリオの背から降り駆け出すと、すぐに二人に触れ治癒を施していく。
「イアンがやったのよ」
「違います。全てロココの責任です」
全身黒い煤に塗れながらも、何やら早口で言い合っている。その様子に心底安堵し、思わずその場にへたり込んでしまった。
「良かったです、本当に…」
イアンとロココさんの得意とする魔術はどちらも過激なもので、応戦する為には致し方なかったのだろう。階下では未だに火の手が上がり、激しい爆破の名残も見てとれる。
見渡す限りが瓦礫の山で、元々そこに何があったのかすらもう想像がつかない。
「この私が負けるわけないでしょう?」
「それは分かっていましたが…っ」
「もう、泣かないでよイザベラったら」
そう言いながら私を抱き締める彼女の身体も、小刻みに震えていた。
「イアンも良かった」
「それはお互い様です。イザベラ様も、レイリオもご無事で何よりです」
いつもの飄々とした態度とは違い、イアンはこちらを見つめながら柔らかく目を細めた。
「この階にいたヤツらはほとんど逃げ出したわ。だから殺してはいないはずよ、一人を除いて」
「彼だけは、無理でした。気を抜けばこちらがやられそうでしたから」
二人の視線が、ちらりと向こうの瓦礫に映る。残骸に埋もれたそこから辛うじて確認できたのは、黒い革靴だけだった。
(…きっと、ロココさんが応戦していたあの人だわ)
私がアザゼル様の元へ向かう前に立ちはだかった、黒ずくめの大男。ハネスの言い草からも、彼は相当な手練れだったのだろう。
「…どうか、神のご加護があらんことを」
彼だけではない。この場で失ったかもしれない全ての命に、私は祈りを捧げる。そしてすぐに顔を上げ、視線に力を込めた。
「アザゼル様は最上階でハネスと対峙しています」
「だって上から凄い音がしているものね」
「僕がある程度炎を操っていますが、限界はあります。先程の戦いでかなり火の手が強まりましたし、この城も長くは持ちません」
こうしている間にも、二人の魔力のぶつかり合いが絶えずこの場を震えさせている。イアンの言う通り、決着が着く前に城がもたないだろう。
「俺達も早くアザゼルのところへ行こう!」
「あの方が負けることはないと思いますが、イザベラ様の無事を知らせた方がいいでしょう」
「アザゼル様の綺麗なお顔に傷一つでもつけていたら、承知しないわ!」
それぞれが憤りを見せるなか、私自身もその言葉に大きく頷く。アザゼル様は自分自身ではなく、仲間を救えと私を送り出した。
例え彼が力で負けることはなくとも、あのハネスの血走った瞳を思い出すと、得も言われぬ恐怖が全身を駆け巡るのだ。
「行きましょう、アザゼル様の元へ」
もうあまり猶予は残されていない。一刻も早い決着をと、私達が駆け出したその時。
人間のものとは思えない呻き声が、どこからともなく聞こえてきた。
「ちょっと…何よあれ…」
(あれは…)
何故か既視感を感じ、必死に思考を巡らせる。ある答えに辿り着いた時、先程のハネスの狂気じみた笑みが私を襲った。
「大神官様の時と似ているわ…」
「イザベラ様、それはどういう」
「あの方は遥か昔から、魔物を喰らって生きていた。きっと、それと同じだわ」
「嘘でしょ、ありえない!」
大神官様よりもずっと小さくはあるが、気配が似ている。人のかたちをしていながら、人成らざるもの。
「どっから湧いてきたのよ!」
「ハネスが仕組んでいたのでしょう。西ヒスタリアが非人道実験をしていた経緯もありますし、その副産物なのかもしれません」
「人間のすることではないわ、こんな…」
焦点の合っていない虚な瞳は、色もなく虚空だった。意思のないただの愚窟となった彼らは、ひたすらに私達を殺す為だけに手足を動かしている。
目の前の惨劇を見つめながら、やり場のない怒りだけが煮えたぎった湯のようにぼこぼこと湧いていた。
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