ep.12

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(許せない、許せない、こんなこと…っ) 今までに感じたことのない、腹の底がふるふると震えるような怒り。スティラトールに居た頃、どんなに虐げられようとこんな感情に支配されることはなかった。 人を人とも思わぬ、命を弄ぶ支配。ハネスという人物は私が思っていた以上に、性根の腐った人間だった。 「こいつら全員、俺みたいに実験されたのか…」 レイリオが、肩を震わせる。彼の心情を思うと、涙が溢れそうだった。 「団員だけではありませんね。軍服を着た人間も混ざっています」 「こんなことをして、皇帝も流石に黙認はできないんじゃないのかしら」 「アザゼル様を殺し聖女と獣人を手に入れれば、あとはどうにでもなるという算段でしょう」 「なんという浅はかな…」 感傷にばかり浸ってもいられない。彼らは躊躇なく、私達に襲いかかる。異形と成り果ててしまった人達は、己の意思関係なくその鎌のような手や獣のような尾を振りかざす。 「ごめんなさい…っ」 こうなってしまっては、もうどうすることも出来ない。私は一度目を瞑り、自身の中に宿る聖女の力に祈る。 (どうかこの方々に、安らかな眠りを) 「…いきましょう、みんな」 そっと瞳を開く。全身に纏う淡い光が一層眩く光り、私は掌に神経を集中させた。 「はい、イザベラ様」 「ここを抜けて、あのくそ野郎を締め上げてやるわ!」 「俺も絶対に、許さない!」 仲間の顔を見ていると、心に巣食っていた怒りが不思議と落ち着いていく。自分は決して、ハネスのように感情に支配されたりはしないと固く心に誓い、強く地面を蹴り前へと飛び出した。 「はぁ…っ、はぁ…っ、ぐ…ぅ…っ」 「アザゼル様!」 最上階での闘いも終盤だった。私達が駆けつけた頃には、ハネスは地に片膝をつき苦しげに胸を押さえていた。 アザゼル様の金色の瞳は一切濁ることなく、堂々と輝きを放っている。 「イザベラ」 「アザゼル様、よかった…っ」 爆風や残骸の飛び散りで多少の傷を負ってはいるものの、彼の優勢は一目瞭然だ。むしろ人成らざるものの体液に塗れた私達三人の方が、余程酷い格好をしている。 「寄るな、最期まで俺がカタをつける」 固い表情のまま、アザゼル様はハネスを睨めつけている。 彼にとってグロウリア・ハネスは、腹違いとはいえ血を分けた弟。そんな存在を手にかけなければならないその心情は、きっと私には分からない。 けれどこの男は、命を乞うにはあまりにも犠牲を出し過ぎてしまったのだ。 「もう、この城には魔術師団の者は貴方以外には居ない。息のあるものは逃げ出し、そうでないものは瓦礫の下。貴方が無惨にも異形に変えてしまったもの達も全て、イザベラ様の力で無へと還しました」 淡々としたイアンの言葉に、ハネスがぎょろりを向ける。ステイプ伯爵家で初めて対峙した時のような面影は、もうどこにも残っていなかった。 金色の瞳は濁り、呼吸すらままならないように見える。 それでもハネスからは、肌を突き刺すような殺気が溢れていた。 「おかしい、こんなものは絶対に間違っている。魔術師もどきのお前と、高潔なる僕では格の違いは明らかだというのに。何故、こんな男に付き従う意味がある…!」 (やっぱり、可哀想な人だわ) あの夜感じた、ハネスの強い孤独。この男は誰よりも力を欲し、その一方では別のものに憧れを抱いていたのかもしれないと思う。 間違いを間違いだと、正してくれる存在がいたならば。もしかすれば違う未来が見えていたかもしれないのに、と。
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