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──凄まじい力の渦が一本の巨大な光の柱となり、その後爆ぜるような轟音とともに、眩い閃光が辺りを包む。一瞬思考さえ奪われかけたが、それでもアザゼルはイザベラに手を伸ばした。
術者同士の力が尽きたのか、それとも相殺されたのか。徐々に視界は開け、城を揺れ動かすほどの振動も引いていく。
「イザベラ…」
アザゼルの腕は確かにイザベラを抱き止め、その体を支えている。彼女は完全に気を失っており、青白い顔や手足には生気が感じられなかった。手足は垂れ下がり、だらりと首をもたげている。何故か右の掌だけが、固く握られていた。
イザベラと対峙していた筈のハネスの姿は、どこにもなかった。その気配の一端すらも、もう感じ取ることは出来ない。
「アザゼル様、城が崩れます」
「そんなことは分かってんだよ!」
「撤退しましょうアザゼル様!」
度重なる激しい戦闘により、この城はもう限界を超えていた。アザゼルはいま一度しっかりとイザベラの体をかき抱くと、イアンらと共に城を脱した。
背中越しに、がらがらと城の壁が崩壊する音が響く。聖ヒスタリア魔術師団の長い歴史の中で、城が落とされることは一度たりともない。
この事態はつまり、ハネス公爵家の失墜と魔術師団時代の終幕を意味していた。
燃え盛る炎が周囲に広がるのを防ぐ為、イアンとアザゼルで鎮火の魔術を施す。しかし崩れゆく城自体をどうこう出来る手立てはないし、そもそも彼らにそんな気はさらさらなかった。
「…無茶しやがって、馬鹿が」
ぴくりとも動かないイザベラを睨めつけながら、アザゼルは呟く。彼女がその身を犠牲にしなければ、最悪の事態を防ぐことは出来なかっただろう。
アザゼルにとっては、そんなものはどうだって良かった。彼にとって、この腕の中でぐったりと気を失っている少女以上に大切なものなど、存在しないのだから。
事態は終息を迎え、アザゼルは空間転移を使いひと足先にアレイスターの屋敷へと帰還した。アレイスターはレイリオとの約束通り、あの森に寸分の手出しも許すことはなかった。
アザゼルとその腕に抱えられたイザベラを見て、アレイスターはすぐさま状況を察した。国王陛下の計らいにより、宮廷に仕える医師とエイルダイアンの大神官が彼女に付き添うこととなった。
エイルダイアンには現在聖女がおらず、その存在すら旧時のことである為に、知識が不十分であるのはどうしようもなかった。
聖女イザベラは一晩経てば、外傷は跡形もなく消え去る。しかし今どうして彼女が昏睡状態にあるかは、推測の域を出なかった。
「ハネスは」
「死んだ」
「…そう」
アレイスターの問いかけに、アザゼルが答えたのはたったそれだけ。彼は片時もイザベラの傍を離れず、ただその蒼白な顔をじっと見つめている。
アザゼルは、あの瞬間のイザベラが脳裏に焼き付いて離れなかった。なんの躊躇もなく、ハネスの元に飛び出していった彼女の姿が。
胸中に広がるこの感情がなんなのか、アザゼル自身にも分からない。それはどす黒い血のような色をしているのだろうと、彼は思った。
「目覚めないわけがねぇ。イザベラが俺を残していくなんざ、絶対にありえねぇ」
それは確信のはずだった。決して己に言い聞かせているわけではない、と。
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