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「ん…」
今度は、身体が重い。どんな怪我だろうと死にさえしなければ、私の傷は意思関係なく癒える。昔はそれを、まるで呪いだと思っていた。休むことなど許されないと、そう言われているようで。
(手が、暖かい)
滑らかな手触りのシーツからはみ出た私の手は、アザゼル様のそれに固く握られている。私よりもずっと大きな体を丸め、椅子に腰掛けた彼の頭はこくりこくりと上下に揺れていた。
「アザゼル様…」
何故か喉が張りついたようで、上手く喋ることが出来ない。掠れた声色で愛しい人の名を呟くと、彼は垂れていた頭をがばっと持ち上げた。
外は薄らと白み始めているようで、アザゼル様の金色の瞳がそれに呼応するかのように、きらきらと輝いている。
いつもよりもずっと大きく見開かれたそれには、たった一人私だけが映されていた。
「あの、アザゼル様。私は…」
瞬間、アザゼル様の腕に力強く抱かれた私はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なくなった。耳元に押しつけられた彼の鼓動の速さが、私の身をどれだけ案じていたのかを如実に物語っている。
髪にかかる吐息は熱く、それだけで私の瞳はじわりと涙に濡れる。
この場所で、私の傍でこの人はどれだけ願ってくれたのだろう。私が再び、目を覚ますこの瞬間を。
「当たり前だ。当たり前なんだよ、お前が死ぬはずないことは分かってたんだからな」
「はい…はい…っ」
声が震えて言葉にならず、私は何度も何度も頷いた。
「イザベラ…」
私を抱き締めるアザゼル様の腕に、一層力が篭る。私を包み込む彼の体も、小刻みに震えていた。
(ああ女神様、ありがとうございます)
この場所に戻ってくることが出来て本当に良かったと、溢れる涙も拭わないまましっかりとアザゼル様の背中に手を回した。
「イザベラ!」
アザゼル様が私が目覚めたことを知らせ、一番に部屋に飛び込んできたのはレイリオだった。ベッドの上で体だけを起こして座っている私に、レイリオが飛びつく。
「イザベラ、良かった!」
ぎゅうっと私に抱きつきその頬を擦り寄せたところで、鬼のように目を吊り上げたアザゼル様に、首根っこを掴まれた。
「俺のイザベラに気安く触れんじゃねぇ!」
「だって嬉しいんだ!」
「そんなことは分かってんだよ!」
「じゃあ離せ!」
「誰が離すか!」
ぎゃいぎゃいと言い争いをする二人を見ながら、苦笑する。なんだかとても、日常が戻ってきたように感じるのは気のせいだろうか。
「全く。イザベラ様はまだ安静の必要な身なのですよ?もう少し静かに出来ないのでしょうか馬鹿二人は」
「イアンお前今なんて言った!」
「さぁ、忘れました」
続いて部屋にやってきたイアンは、相変わらず飄々とした態度でアザゼル様に冷ややかな視線を送る。
「イザベラ様。目を覚まされたようで、本当に良かった」
ベッドの傍に片肘をつくと、ふわりと優しく目を細める。
「ありがとう…イアン」
同じように微笑めば、彼はほんの少し照れたようにバイオレットの瞳を横へ逸らした。
「イアン…まさかお前までイザベラのことを…」
「アザゼル様はもう一度医者に診ていただいた方がよろしいのでは?」
「ああ!?」
このやり取りも妙に懐かしく感じ、私は口元に手をやりながらくすくす笑った。
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